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神理の発見

私たちが生きていく上で一番大切なもの、そして真の幸福へと導いてくれるもの
もしそうしたものがあるならば、それは本当の意味での宝かもしれません。
それが誰によって書かれていたとしても、たとえわずかな期間に書かれたものであったとしても
その中に神理の光が宿っており、真に人々を幸福に導く法であるならば
それを後世に残していくことが使命であると思いこのブログを立ち上げてみました。
これからすばらしい神理が発見できれば、ここにて紹介してゆこうと思っております。

高橋信次の新ユートピア論  

高橋信次の新ユートピア論128-184

ユートピアとは、一体何なのでしょう。

ユートピアについて深く考えた事がある人、それは、いったいどれだけいるでしょうか。

言葉は知っているけれども、考えた事はないという人、
理想郷、桃源郷、そんな夢の世界のように思っている人もいるかもしれません。

実際にはないけれども、夢の中にはある、こうした考えもあるでしょう。

すべての人間が慈しみ合い、愛し合い、そしてお互いに善きことのみを言い合うような、
褒め合うような、そういう美しい世界というのが本当にあるんだろうか。

そうしたことをいろいろ考えてみても、なかなか現実性がないように思われるけれども、
理想的な姿としては、そういう世界もあってもよいかな、とは思ってみるかもしれません。

ところが、こうした、私達が、夢、幻の如く考えているユートピアというのは、実際に存在するのです。

どこに存在するのか、それは、この地上を遥かに去った高次元世界、多次元世界のなかに、現にあるのです。

昔から、仏様の世界、金剛界とか胎蔵界とか、曼荼羅などに表現されている世界ですけれども
そのような世界が現実にあるのです。

そして、そうした実在世界においては、人々は本当に心から調和し、お互いに尊敬し合い、お互いに慈しみ合い
愛し合っているのです。

そうした世界が、現にあるのです、本当にあるのです、みなさんは冗談かと思うかもしれないが、
本当に存在するのです。

地上では、食事をしなければ生きてゆけません、そのためにはお金が必要です、
しかし、あの世のユートピアでは、お金など必要ありません、お金など要求する人はいません。

みんな、善意で他人に奉仕し、それを生き甲斐としている人たちばかりです。
そして、そこにいる人たちは、心は調和されきれいです。

他人のことを悪く思うような人はいませんし、他人に悪口を言ったり、他人から批判を受けたり、
こういうこともありません。

みんな心が安らいで、お互いに本当に神の子として、長所を伸ばし合っているような世界、
そして、争いは一切ありません、このような世界が実在界に本当にあるのです。

なのになぜ、この地上ばかりに、こんな苦しい世界が広がっているのでしょうか。

本当に、神はいるんだろうか、神なんていないのではないか。

神がいないというのは、あまりにもこの世に悪が満ち満ちており、他人を見ても、
本当に神の子なんだろうか、仏の子なんだろうか、とても信じることができない。
こうした考えがあるからでしょう。

ただ、やはり、この地上を去った世界に、現実にそうしたユートピアの世界があるということは、
この地上にも、そうしたユートピア世界を持ち着たらすことは、可能であると考えられるわけです。

本来、そうした世界があって、そこに住んでいた住人たちが肉体を持ち、
地上に出てくることがあるという以上、

そしてまた、わたしたちも、この世の修行によって、あの世のユートピア世界へと還ってゆける可能性がある以上、

地上にもそうしたユートピアをつくることは可能であり、現実にそれは私達の努力によって、
そうした世界を創っていくことは可能ではないかと思うのです。

ユートピアというのはどこにも無い世界のことではありません。
現にあるのです。

あるけれども、今、地上界に、それが無きかの如き景観が現れているだけなのです。

それは、私たちの努力の積み重ねによって、やがて取り戻してゆかねばならぬ、
地上の楽園でもあるということです。


category: 高橋信次の新ユートピア論

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