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神理の発見

私たちが生きていく上で一番大切なもの、そして真の幸福へと導いてくれるもの
もしそうしたものがあるならば、それは本当の意味での宝かもしれません。
それが誰によって書かれていたとしても、たとえわずかな期間に書かれたものであったとしても
その中に神理の光が宿っており、真に人々を幸福に導く法であるならば
それを後世に残していくことが使命であると思いこのブログを立ち上げてみました。
これからすばらしい神理が発見できれば、ここにて紹介してゆこうと思っております。

心の探求 -正しき心とは- 6  

心の探求128-184


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神の存在証明②
    科学で解明できない現象の実在


また偶然で起きるといわれつつも、この世には偶然ならざる事件が数多くあります、
物質化現象として、たとえば金粉が降るというようなこともあれば、
あるいは病が瞬時にして治るようなことも、事実としてあるのです。

それを科学でもってしては、なかなか解明ができないのです。

心霊手術ということについても、百パーセントの成功例というわけにはいかないけれども、
ただメスも使わず、麻酔も使わず、薬も使わずに、人間の病気が霊的なる原因によって、作用によって、
治りえるということは、歴然とした事実であります。
これにどう説明をつけるかということです。

神の存在証明③
   人類史に残っている偉人が神の存在を認めている事実


また別の時には、イエスとか、釈迦とか、モーゼとか、こうした人たちが、
通常の人間をはるかに超えた存在であったことも事実です。
孔子という人もそうです。二千五百年間、東洋の歴史を揺り動かしてきた巨人というものは、
これは同じく、六十年、七十年の人生を生きた人間としては、
あまりにもけたはずれに大きすぎるのです。

今の日本には、一億二千万人の人口がいます。
このなかで、二千五百年の後に名前を残す人がいったいどれだけいるでしょうか。

同じく数十年の人生を生き、同じく一日は二十四時間であり、
同じく一日で活動できる量は限られております。
けれども、その限られた有限の世界のなかで、何千年も残るような業績をあげる人もでてくるのです。

その違いは、まさしく先はどの「崇高な」という例であげた、その言葉どおり、そそり立っているのです。
そそりたつような巨入というのが、現にあるのです。
 
その巨人を見て、巨人自体が、また自分を上まわる神というものの存在を認めていることを知った時に、
人間は、やはり奥なる存在を推測せざるをえないのです。

人類史にそそり立った巨人というものを、偉人というものを通して、
神なる存在というものを推測していかねばならぬのです。

こうしてみると、その神というものがあるということを、認めていかざるをえないと思うのです。



-正しき心とは- 5

-正しき心とは- 7

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