谷口雅春霊言集 -天上界に帰る- 3 
2016/10/22 Sat. 23:18

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反省と進路決定
二十日、あるいは三十日たち、時期が来たときに、人によって違うが、指導霊がやがて訪れて来るのである。
守護霊というのは大体、本人の霊格と同じレベルの魂であるが、
これとは別に一段と霊格の高い霊が、その者を守っておるのである。
これが指導霊であるが、この指導霊というのが迎えにくる。
そして守護霊と共にその死んだばかりの魂を、まず、あの世の収容所へとつれていくのである。
これはいわゆる四次元といわれている世界、幽界といわれている世界である。
まだこの世界では、この世的色彩がずいぶん強く、人々は地上的な生活を営んでおる。
そして、まだ家族単位で生きているような者もおる。
この地上にある物はほとんど、その幽界世界にもある。そしてその生活のなかで、
少しずつ自分の魂を見つめるようになっていくのである。
やがてその幽界世界に帰って、早い者ではほぼ三日、遅い者では、まあ九十曰くらいであろうか、
その間に必ず自分が入間として生きていたときに心のなかに去来したことども一つ一つを、
反省することとなっておる。
この反省の仕方は、その人の思想、心情、あるいは宗教において多少異なった色彩を帯びておるが、
その人が仏数的な人であるならば、仏教関係の僧侶という者がやってきて、仏数的に反省の功徳というのを諭し、
やがて本人を反省に導いていくのである。
その魂がキリスト数的な魂であるならば、教会の牧師がやって来て、その者に懺悔を勧めるのである。
あるいは、生きているときに宗教というものに無縁であった人に対しては、
教育者のような者が出て来て、その人を道徳的に諭していく。
このようにして、自分の生きてきた六十年、七十年の生涯というものを、反省させていくのであります。
その際、人によっては、あなた方が知っているように、
過去を照らす鏡というものによって、自分の全生涯を見せられる場合もある。
ただ、これは幼稚な段階であって、そういうことをする必要がある人に対してなされるのであり、
霊的自覚が進んでいる者に対しては、そうしたことは、もはや、なされない。
そして、この幽界のなかで三日から九十日間の反省が終わったならば、
それぞれの人間は、自分の行くべきところを定めるのである。
これは決して閻魔大王のような者がいて、行き先を指定するわけではない。
ただその反省の期間において、自分の本質というものをたいていの人間はつかむのである。
そして自分の守護霊、あるいは指導霊に対して、今後の身の振り方を相談することになっておるのである。
やがて地獄に行けば、その反省のときのことを忘れているのであるが、
少なくともその段階においては自分が天国に行くべき霊か、地獄に行くべき霊かということは、
自分自身で判断できるようになっているのである。
どうやら自分が地獄に行くべきだということが分かったときに、守護、指導霊と相談の上で、
どうしたことが自分のいちばんの誤りであるかということをはっきりさせる。
そして、自分の誤ったことを修正するのに、いちばんふさわしい地獄へと赴いていくのである。
これは、あくまでも自分の判断で赴いていくのである。
ただたまには例外がおる。
私は、今、一般的な人間の場合を言ったのであるが、本当の悪人は、本来はそうした者はないのであるが、
霊的な眼で見て、生きていたときに多数の悪霊たちにとり憑かれ、
そして本人も生きている悪霊さながらの生活を送った者は、
そうした者に憑かれたまま、四人、五人、六人の悪霊に憑かれたままに、
まっさかさまに地獄に堕ちるという現象があることも事実である。
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