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神理の発見

私たちが生きていく上で一番大切なもの、そして真の幸福へと導いてくれるもの
もしそうしたものがあるならば、それは本当の意味での宝かもしれません。
それが誰によって書かれていたとしても、たとえわずかな期間に書かれたものであったとしても
その中に神理の光が宿っており、真に人々を幸福に導く法であるならば
それを後世に残していくことが使命であると思いこのブログを立ち上げてみました。
これからすばらしい神理が発見できれば、ここにて紹介してゆこうと思っております。

エドガーケイシー霊示集 -リーディングとは - -転生輪廻について- 6  

エドガー・ケイシー霊示集128-185


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リーディングの現代的意義

さて、こうした私自身の乏しい経験から、
リーディングというものに対して現代的に何らかのコメントをしておきたいと思います。

まず、第一に言えることは、リーディングというのは、人間には魂があり、
その魂に歴史があるということを教える意味で、非常に役に立ったということです。

こうした魂の歴史というものを知らないでは、
人間は本当に自分というものを知ることはできないのです。

その意味において、リーディングは大切なことであるということを、第一に言っておきたいと思います。

第二に、私の場合にはこうした催眠状態のリーディングであり、また、
眠れる預言者と言われるような私でありましたために、
どうしてもその現象自体が特殊なものと思われがちであったということです。

特殊なもの、特殊な人のみにあること、そのようにとられたことが多く、
普遍性という意味で多少欠ける面があったと思います。

特別なものとして、例外的な目で見られたことが多かったと言えましょう。

第三に、これは第二とも関わることなのですが、やはり覚醒時において表面意識の時点で、
そうした霊的能力を操作する技法を十分に持ちえていなかったということは、
明らかに私にとってはマイナスであったのではないかと思います。

今、たとえば私の言葉を伝えているこの者が、
覚醒時にあっても高級霊たちの通信を十二分に受けられるように、もしそうした能力が私にあったならば、
私自身もおそらく写真技術師などはやめて、本格的に法を説いて歩いたであろうと思います。

ところがいかんせん、私は昼間は真面目な写真技師をしていて、
そして写真を撮ることで生計を立てていました。

そうして、自分の特殊なこの能力を、できうるならば無報酬で人びとのために役立てたいと思っておりましたが、
そうした形をとったということは、結局は、
自分の霊的能力に対して万全の自信を持っていなかったということをも意味していたと思うのです。

なにしろ眠っている時だけまったく別人の声で話をして、
そして目が覚めてみるとまったくその間のことを自分が忘れているというようなことでありましたから、
睡眠中にやっていることに対して十分に責任を取りかねるという点があったのだと思います。

ただこれも、私の場合に与えられた一つのシナリオであったとするならば、
やむをえなかったことでありましょう。

ところで、私がこうしたリーディングができるようになったきっかけそのものには、
さまざまな原因がありましたが、その一つに、ある時私が喉を痛めてその治療を求めていくうちに、
その方法の一つとして催眠術を施してもらったところ、全く違ったことを私が語りだしたという、
そのようなことがあったのです。

このようなことがその出発点であったわけですが、霊の世界の存在、この偉大なる事実を、
偉大なアメリカ国民を中心として教えることができたということを、私は今とてもうれしいことに思っています。

今後、あなた方も数多くのこうした霊示集を世に問うてゆくのでありましょうが、
その神理が神理として認められ、それが客観性と普遍性を持つに至るためには、
十分なデータが必要であろうと思います。

こうした霊示集にしても、これを世の疑い深い識者たちに納得させるためには、
なかなか困難が伴うでありましょう。

そのためには、たとえそれが困難であったとしても、うまずたゆまず努力をして、
常に次々と新しいものを世に問うていく努力が大事であろうと思います。

できうるならば、百冊、二百冊、三百冊と、やはり資料を積み重ねていくことがたいせつです。

そうした事実、実績が、やがて世の人々を納得させていくことになるのです。

そのためにはやはり地道な努力が必要ですが、
その地味な努力をコツコツコツコツとうまずたゆまず積み重ねていくことです。

地上にあるあなた方が、そうした姿勢さえ持ち続けることができるならば、霊天上界にある私たちは、
いつもいかなる時にも協力を惜しまない体制をつくっています。

どうか、一気に証明しようとはせずに、一躍脚光を浴びようとはせずに、
あたかも蚕が葉を食んでいくごとく、少しずつ少しずつ魂の糧を生み出していくということ、
そして一人でも多くの人びとに影響を与えていくという地道な努力を積み重ねていかれることを、
心から願う次第です。


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category: リーディングとは

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