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神理の発見

私たちが生きていく上で一番大切なもの、そして真の幸福へと導いてくれるもの
もしそうしたものがあるならば、それは本当の意味での宝かもしれません。
それが誰によって書かれていたとしても、たとえわずかな期間に書かれたものであったとしても
その中に神理の光が宿っており、真に人々を幸福に導く法であるならば
それを後世に残していくことが使命であると思いこのブログを立ち上げてみました。
これからすばらしい神理が発見できれば、ここにて紹介してゆこうと思っております。

エドガーケイシー霊示集 -リーディングとは - -転生輪廻について- 4  

エドガー・ケイシー霊示集128-185


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想念帯の解読

さて、読者のみなさんは、すでにご存知かもしれませんが、
リーディングということはいったいどのような現象であるのか、
これについて説明をしておきたいと思います。

リーディングというものは、英語では読み書きの「読む」というふうに書いてありますが、これは、
現在あなた方が書物で読んでいる内容によれば、結局その人の想念帯を読むということにも当たるかもしれません。

人間は、その人が生きてきた過去の歴史というものを、心のなかのテープレコーダーにしまいこんでいるのであり、
そのテープレコーダーには、今世で思ったこと、行なったことというのが、すべて記録されています。

そして、そのテープを手繰ってみると、その記録は単に今世のみならず過去世にまで続いているのです。
その人が過去世において思ったこと、行なったこと、こうしたことが一つ一つ記録されているのです。

肉の眼でもっては、その想念帯のテープを読み取ることは不可能ですが、これを霊の眼で見たならば、
ある程度まで読み取ることが可能です。

その霊の眼というものもいろいろとレベルがあり、もちろん平凡な霊、
あるいは地獄霊などによってそうしたものが読み取られるということはありませんが、
高次元にいる霊の眼ではそれを一目瞭然に見ることができるのです。

すなわち、高級霊と言われる人たちであるならば、生きている人間の心のなかを覗き、
その心のあり方を過去にまでさかのぼって調べるということは可能なのです。

このように、私も表面意識では人間の過去などわかりませんでしたが、
いったん催眠状態に陥ることにより、私の肉体を天上界の高級諸霊に支配させて、
そして私の囗を通してさまざまなことを語らせていたわけです。

こうしたリーディング能力というものは、ある意味では霊言能力と等しいものだと思います。
霊言能力と等しいけれども、多少違う点があるとするならば、
個人個人のデータというものを中心に行なったというところでありましょうか。

これが単に個人のデータのみならず、法のレベルまで教えというものを説いていったならば、
また違った展開となったかもしれませんが、
私の人生の大半は個人のデータを読み取るということに使われていたため、
それ以上に自分の思想が発展、展開していくということはあまりありませんでした。

ただ、法、教えということに関しても、生きている人間をサンプルとして話をしているおりおりに、
その間に必要に応じてそうした教えが出てきて、それがある意味での法そのものにもなっていたと信じています。

そういう意味において、リーディング能力というのは霊言の一種であり、
結局、霊を肉体にかからせ、そして我が囗をして語らしむるということが、
その方法論であったと思います。

ただ、おそらく現代の人びとが不思議に思うであろうことは、なぜ私が覚醒時ではなく、
催眠状態においてそうした霊言をなしえたのか、
そうしたリーディング能力を発揮できたのかということであろうと思います。

これについては私はそこに一つの理由を見出すことができるのです。

その理由とはいったい何であるかと言うと、表面意識のなかにその人が持っていること、
つまりそれは経験として蓄積したこと、思いとして蓄積したことであるわけですが、
実はそれが霊界からの通信を受ける際に、一つのフィルターとなるということが言えるのです。

そのフィルターは、よい方向に働く場合もあり、また悪い方向に働く場合もあるのです。

いい場合というのは、もし霊界からの通信というものがまちがったものであったり、
変なものが混じり込んできた際に、その表面意識の知性や理性でもってそれを看破し、
そしてそれに惑わされないようにするということができるのです。

しかしながら、逆にそれがマイナスとなる点としては、その人が考えていること、
確固とした信念として思想として思いこんでいることがあれば、
正しき霊たちがそれとは違ったことを伝えようとしても、なかなかそれを伝え切ることができないのです。
そのようなことがあると言えましょうか。

これは、ちょうど双眼鏡の窓ガラスが曇っているのと同じでありますし、
水中メガネの中に水が入った状態と同じだとも言えましょうか。
そうした状態であれば、なかなかすっきりとした形では見えにくいということがありましょう。

私の場合も、敬虔なクリスチャンでしたから、
目が覚めている時の私は転生輪廻など信じていませんでしたが、
目をつぶってリーディングに入ると毎回転生輪廻を語るというようなありさまでした。

これは、おそらく守護霊団の考え方によるならば、
「ケイシーの表面意識、人間ケイシ―として生きてきたその経歴からしては、
この宗教改革にも比肩する事業には耐え得ないであろう。
さすれば、彼の表面意識を眠らせ潜在意識の領域のみで仕事をさせるのが望ましかろう。」

そのようなことを判断したものだと思います。
その結果、目覚めていたらとても言えることではないと思えるような大胆な話が、
続々と私の囗をついて出てきたのです。

私もそうしたリーディングの内容を覚醒してから見て、読んで、
もしかするとこれはサタンの声ではないかと思ったりしたことが数多くありました。





category: リーディングとは

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