fc2ブログ

神理の発見

私たちが生きていく上で一番大切なもの、そして真の幸福へと導いてくれるもの
もしそうしたものがあるならば、それは本当の意味での宝かもしれません。
それが誰によって書かれていたとしても、たとえわずかな期間に書かれたものであったとしても
その中に神理の光が宿っており、真に人々を幸福に導く法であるならば
それを後世に残していくことが使命であると思いこのブログを立ち上げてみました。
これからすばらしい神理が発見できれば、ここにて紹介してゆこうと思っております。

エドガーケイシー霊示集 -リーディングとは - -転生輪廻について- 2  

エドガー・ケイシー霊示集128-185


----------


転生輪廻の思想

さて、では次に、人間の過去世ということについて話をしてゆきたいと思います。

仏教を学んだ方であるならば、人間にはみな過去世があるということを知っていることと思います。

今から二千数百年の昔に、インドにおいて釈迦という人が出て、
そしてその観自在能力-過去、現在、未来を見通す能力でもって、
さまざまな人の過去世を言い当て、そしてその人の未来を予想したと言われています。

これが結局は、仏教の持つ一つの特色ともなっているであろうと思うのです。

結局、いわゆる原因・結果の法則は、今世のみに止まるのではなくて、
時代を隔てて現われてくるものだということです。

その理由としては、私たちの本質は肉体ではなく本当は魂なのであり、
その魂が時代を経、地域を経て生まれ変わってきているということなのです。

そして、そうした生まれ変わりの結果、過去幾転生をして学んできたことまた経験してきたこと、
これらが魂の下地となって、なんらかの影響を今世に与えるということが、はっきりしているわけなのです。

そうしてみると、私たちは今回の人生ということを考えるにしても、
今世において自分がなしたことというのは、今世のみにおいてその結果を刈り取るわけではなく、
来世、来来世にまでその影響を与えることとなるわけです。

仏教の眼目は正しくここにあったのであり、この時代というものを超えた転生という理論によって、
なにゆえに現在の幸、不幸が人によってこれほどまでにも分かれるのかという説明をなしたわけなのです。

なぜ、ある者はカースト制度のなかの王侯貴族に生まれ、なぜ、
ある者は最下層の不可触賎民と言われる者として生まれるのか。
その理由は、今世だけを考えては到底納得がいかないものでしょう。

なぜならば、生まれつきの身分というものは、本人の努力という要素をまったく必要としないからです。
生まれ落ちてから後の努力によってその身分になるのならば、それはそれなりの理由もあるでしょうが、
生まれ落ちたということ自体でもって、そのような身分がすでに分かれているということ、
あるいは男女が分かれているということ、そのようなことを納得するためには
非常に難しい議論が必要となってくるのです。

このように、仏教では三世を貫く法則というものが、非常に大きく取り上げられたのです。





category: リーディングとは

tb: 0   cm: 0

コメント

コメントの投稿

Secret

トラックバック

トラックバックURL
→http://tlots1986.com/tb.php/331-39d76d17
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)