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神理の発見

私たちが生きていく上で一番大切なもの、そして真の幸福へと導いてくれるもの
もしそうしたものがあるならば、それは本当の意味での宝かもしれません。
それが誰によって書かれていたとしても、たとえわずかな期間に書かれたものであったとしても
その中に神理の光が宿っており、真に人々を幸福に導く法であるならば
それを後世に残していくことが使命であると思いこのブログを立ち上げてみました。
これからすばらしい神理が発見できれば、ここにて紹介してゆこうと思っております。

卑弥呼の霊言 -紫式部の霊訓 あの世での生活様式- 11  

卑弥呼の霊言128-184


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善川 たとえば、生前においてお父さんは酒好きであったから、死んでからも酒を祀って、
   それで供養するという形をとっている人もいますけれど、
   かえってこれは害毒は供えているようなものですね…。

紫  まあ、善し悪しなんですね、少なくとも彼らが自分から死んだということに気付くきっかけにはなります。
   そういう供養をされることによってね、- ああ自分は死んだんだなあーということが分かります。

   ところが、死んだけども、どうしたら救われるのかが分らないのです。
   ですから子孫が悟っておればね、それを感じとって救われることがあるんです。

   ところが、死んだことは分かったものの、どうしたらいいのか分からないのですね。
   それで地獄界で反省して上ってくればいいんですけれど、反省することを知らなくて、子孫
   に鎚ることだけしか考えない人達が多いのです。手近ですからね、手軽ですから、
   それで苦労されるんです。同じようなことはいっぱいあるんです。地獄というのは、

   例えば古い、古井戸の中みたいなものなんですね。そこに亡者がいっぱい落ち込んでいるんですね。

   これを通りすがりの人がね、供養したり、いろんなことをしますね。何かで線ができるんです。

   そういう地獄霊達と縁ができるということは、梯子がするすると降りていったり、
   或いは縄がスルスルッと下りることと一緒なんですね。何かのきっかけができるということは -

   そうするとそれに鎚ってくるのです。

   これがいわゆる地縛霊、とか或いは単なる憑依ですね、何の理由もない憑依
   先祖ではなくて、そういう憑依のきっかけとなるということがあるんです。

   たとえば、ある宗教に、間違った宗教に帰依することによって、そういう縄をですね、
   井戸に下ろしてしまうことがあるのです。そうすると亡者がそれに鎚ってどんどん上ってくる。
   そしてこれに憑依かれて苦しむ。こういうことがあるのです。

   ですから死者を弔らう人が正しい心を持っておればのことであって、
   弔らう人が何も知らずにやると自分も同じ穴に堕ちて行くということなんです。怖いことなんです。

   そういうことであるならむしろ何もされない方がいいのです。何も知らないで、
   むしろ無神論者でいる方が何の影響も受けられなくていいのです。

   何も悟っていないのになまじつかな信仰心だけ持っていると大変なことになってしまうのです。

善川 そういうこともちゃんと弁えずに、ただ興味本位で不思議な現象や、超念力、などいう言葉に酔って、
   いかがわしい宗団に入るということは危険だということですね。
   何といっても自分自身が霊界の仕組や、神理ということを悟得することが大事ですね、

紫  そうなのです。





category: あの世での生活様式

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