心の探求 -心の構造- 4 
2022/06/14 Tue. 23:41

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睡眠中夢を見ること自体が、この世が仮の世であることの実証
こういうふうに天国、地獄が現にあって、生きているうちに、その経験を積んでいるのです。
人間というのは、過去世の記憶というのが消し去られているけれども、
これを補う手段として、神様が睡眠というのを与えられた。
そして睡眠中に、夢の時間に、あの世の霊界でさまざまな経験を積んでいて、
死んでから後で困らないようにしているわけなのです。
本来、人間が八時間は睡眠をとらなければならないように創る必要はないのです。
そんなことはおかしいし、ナンセンスです。
この三次元が完結した世界で、すべての世界であるならば、この世界のなかに生きていて、夢を見なければいけない、
睡眠をとらなければいけない、というのはじつに不自由です。
この世だけがすべての世界であるならば、二十四時間のうち八時間も体を休めねばならないというのは、
これは大変なマイナスですし、時間の浪費です。
むしろ二十四時間みっちり起きて仕事をすれば、人生はひじょうに密度が濃いです。
ところが、実際はそうではありません。
毎日八時間遊んでいるわけです。一日の三分の一です。ひじょうに能率が悪い。
これをなぜあえてやっているかです。
それをあえてやっている意味は、じつは、その間、あの世の世界に還ってきているということなのです。
そうしておかないと、本当に意識が消える時、つまり、死んだときに困ってしまうのです。
生きているときに、意識、つまり表面意識が働いているときに、霊なんかあるものか、
神なんかあるものかといっている人も、夢のなかでみんな経験しているのです。
だから死んでからのち、あの世に還ったときに、最初は肉体がないはずなのに、
それでも自分があるということにひじょうなショックを受けるのだけれども、
よくよく考えてみると、これはどこかで経験したことがある。
つまり、夢の世界でじつは経験しているわけです。みんなこういうふうに、憶い出すわけです。
最初、天国のような精霊界にきて、お花畑とか妖精たちとかを見て、
まあこれは凄い世界に来たなと思うけれども、どこか懐かしい。
よくよく見てみると、夢のなかで見たような景色だな。
ここは昔来たことがあるという感じで、思い出す。
あるいは地獄に堕ちても、何か不思議な感覚にうたれる。
自分は死んだと思ったのに、何か地獄みたいな処にいる。
よく見たら夢のなかで見たな。もうすぐ地獄に堕ちるから、地獄に堕ちる前に、
練習として夢のなかで何回も地獄に行っていたんだな。
こういうことに気がつくわけですね。そしてあの世の生活への準備ができるようにしています。
ですから、睡眠があって夢を見るということ自体が、この世がやはり仮の世界であるということの実証なわけです。
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