カントの霊訓 -あの世では階層ごとにどのような人が住んでいるか- 3 
2022/01/03 Mon. 13:15

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幽界、四次元世界の様相
さて、この地上を去って人間は、あの世へと還ることとなる。
このあの世というのが、最初の段階があなた方が「幽界」と称んでいる世界である。
この〝幽界〟においては、人間は地上生活で送っていた想念をまだ拭い去れないでいる。
従って四次元であるにもかかわらず、三次元世界と同じような生活様式をとっている。
彼らの生活ほぼ、地上生活の時代と同じである。
不思議なことは、ただ、彼らは何かを思うことによって、
その思いを或る程度現象化できるという力を持っているということだ。
これが彼らにとっては、いま一つわからないことである。
例えば、四次元の〝幽界〟の中においても、例えば、大工なら大工をしたいという人が居るとしようか。
この地上に居たならば鑿や、鉋、或いは鋸というものを購入する。
或いは自ら造るということをして、はじめて鑿や、鉋によって大工仕事ができるのである。
しかるに、四次元幽界世界においては、彼らは、たとえば家を建てたいと思うと、
なぜか鑿や、鉋が、そこに在るのである。
当初〝幽界″に来た人間にとっては、これは非常に不思議なことであるのだが、
やがてこれが当然のこととなってしまう。
なぜか知らないが、欲しいものがそこに在るのである。
例えば、麦を脱穀してパンを造りたいと思うと、なぜかそこに麦畑があるのである。
そして麦を摘むことが出来るのである。
こういった世界、当初は非常に面喰らうのであるが、やがてこれが当然なこととなる。
この意味において〝幽界″世界は、この三次元世界におけるよりも便利であろう。
またこの四次元の中においては、〝地獄界″というものがある。
この中においては、例えば地上に居た時と同じく、いまだに戦争をくり返している霊達が居るのである。
この霊達も、例えば弓矢の時代に亡くなった霊達は、地獄で戦争するにしても相変わらず弓矢で戦争しているのである。
この弓矢というものは、彼等が造ろうとしなくとも、想念の中にあるから弓矢が出てくるのである。
ところが、同じ戦争をしていても、近代に亡くなった人々の戦争道具は、銃であり剣であり更に大砲である。
そうすると弓欠の時代の人々は、銃で撃たれても分からないのである。
殺し合いをしているのだが、銃が効くのは、銃の恐ろしさを知っている人間だけであって、
知らない弓矢の世界の人間にとっては銃で撃たれても、何事も起きないのである。
こういった想念の世界が四次元世界ではくり展げられている。
(この世界を仏教的には阿修羅地獄という)
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