高橋信次の新復活 -人間は神の子である- 
2014/06/29 Sun. 14:51

前回、高橋信次という方が、霊言というかたちで復活し、
私たちに伝えたいメッセージがあるというお話しをいたしました。
そして、その内容についてお話させていただいたわけですが、
前回に加えて、もうひとつ、どうしても伝えておかなくてはいけないメッセージがあると考えて、
それをお話させていただこうと思います。
私たちは、魂であり、心であると同時に、何よりも大切なこと、
それは、人間はみな神の子であるということ、神の念いによって、大いなる愛の念いによって、
期待をこめて創られた存在である、すばらしい存在である、この事実を忘れてはならないのです。
今、現代の私たちは、生きてゆく目的というもの、目標というべきもの、生きがいといってもよいかもしれません、
そうしたものがわからなくなっている、見失ってしまっているのではないかと思うのです。
私たちは、いったい、何のためにこの世界に生まれてきたのか、何を目標として生きてゆけばよいのか。
ある人は、こう言うでしょう、人生は一回きりしかない、
死ねばなにもかも終わりである、来世などは存在しないのである。
そうであるならば、一回きりの人生、思い切り自らの欲望のみを追い求めるべきである、
他人の事など、どうでもよい、自分ひとりが楽しめればそれでいいのだ、と。
そんなことは、断じて無いのです。
お金をたくさん儲ければそれでよいとか、有名な大学に入れればそれでよいとか、
大会社の社長となって他人をあごで使うのが無上の喜びであるとか、
世間で有名になって周囲のひとたちにちやほやされたいとか、
そんな愚かな、くだらない事に地道を上げるためだけに、私たちはこの世界に生まれてきたのではないのです。
私たちが、この世界に生を受けたのは、はっきりとした意味があるのです、大いなる目的があるのです。
神様は、私たちを大いなる愛の念いでもって創られたのです。
では、愛とはいったい何なのでしょう。
それは、一人でも多くの人を幸福にしたい、幸せにしたいという念いではないでしょうか。
他者の悲しみ、苦しみのために共に泣き、涙を流し、悲しみを分かち合う、
そして、一人でも多くの人を、悩みと苦しみの人生から立ち直らせ、
勇気と希望の人生を送らせることではないでしょうか。
それが、神の念いであり、愛の念いであり、神が私たち人間に期待していることではないでしょうか。
神自体が、そうした愛の念い、そのものであるのだから、神の子である人間も、そうした存在になってほしい、
そうした方向に、魂を進化させ、大いなる神に向かって、発展、向上していってほしい。
そうしたことが、神が願われていることではないかと思うのです。
そして、神はこの世界において、一人として同じ人間を創られなかった。
一人一人を、すばらしい個性を持って創られたのです。
みなさんは、このように考えられることがあるかもしれません、
私は、この世界において本当に取るに足らない存在だ、この世界に対して何の役にも立っていない、
生きていても価値のない、消えてしまったほうがよい存在なのだ、と。
いえ、そんなことは断じてありません、消えてしまってよい人間など、この世界に存在しません。
私たちは、みな、誰一人として、まごうことなき、すばらしい神の子なのです。
誰一人として同じ人はいない、一人一人がすばらしい個性を持って創られた、
かけがえのない、すばらしい存在なのです。
神が、私たち一人一人を全く違った個性でもって創られたのは、その個性でもって、
あなたにしか出来ない個性の光でもって、大いなる愛の光を輝かせなさいということなのです。
一人一人が、大いなる神の期待をこめて、愛の念いでもって創られた、すばらしい神の子であるのです。
そうであるならば、神様の期待に応えられるように、神がすべての人を愛しておられるように、
神の子である、私たちも、愛を与えていこうではありませんか、
そうした存在になれるよう努力、精進していこうではありませんか、
それこそが、私たちが、この世界に、永遠の生命を持って生きていることの、真の意味であり、
多くの人に愛を与え、多くの人を幸福にしてゆけることが、最大の幸福であるということを悟り、
そうした存在になってゆくことが、永遠の人生における目的であり、
その結果、すべての人たちが幸福に生きてゆける世界、
ユートピアを創ることこそ、永遠の使命であるということです。
高橋信次の新復活
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