黄金の法 -色即是空の意味(釈迦の教え)- 
2021/08/26 Thu. 13:36

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釈迦の思想の第五番目の柱は、空の思想です。
仏教の空の教えについてはここ二千年以上にわたって、議論が続けられてきました。
「色即是空、空即是色」の空とは、一体何なのかということです。この空とは、
本書第1章第3節で、神光物理学の第二のテーゼに述べたことなのです。
すなわち、神の光は、その凝集・拡散というプロセスによって、創造と破壊を行なうということです。
四次元以上の実在界では、神の光が目的性を持って凝集することによって、霊的実体が現われます。
その霊的実体は、一定の波動を持っており、
この波動をさらに緊密なものにしてゆくと、三次元空間に物質が現われる。
すなわち、この世の物質は、神の光の粒子の凝集によってできており、
それに一定の形を与えるものは、念という、目的性を持った精神エネルギーなのです。
したがって、その念が消滅すると、この地上の物質は、またもとの光の粒子にと還元されます。
では、光の粒子というものは、そもそも、実体として存在するのでしょうか。
本来は、その光の粒子、すなわち、光子さえも実在ではありません。
光子は、「光あれ」という神の念いが一点に集中して、
エネルギー磁場をつくって存在しているかに見えるだけであって、
神の念いが消滅すれば、光子さえなくなってしまうのです。
そして、三次元現象界は、光子が目的性を持って集合して原子をつくり、
さらに原子が集まって分子ができ、分子が集まって粒子ができ、物質ができているのです。
ですから、神の「光あれ」という念いがなくなれば、
三次元の現象界も、四次元以上の実在界もなくなってしまうのです。
これが、「色即是空、空即是色」のほんとうの意味だと言えます。
現象界で実体ありと思われているものも、分解していけば、ついには光子となり、
光子は神の念によってできているのですから、結局、実在するものではありません。
しかし、その実在するものではない光子が凝集して、
「霊子」→「陽子」→「原子」→「分子」→「粒子」となって、物質ができるのです。
これが、釈迦の 「空」 の思想のほんとうの意味だったと言えます。
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