fc2ブログ

神理の発見

私たちが生きていく上で一番大切なもの、そして真の幸福へと導いてくれるもの
もしそうしたものがあるならば、それは本当の意味での宝かもしれません。
それが誰によって書かれていたとしても、たとえわずかな期間に書かれたものであったとしても
その中に神理の光が宿っており、真に人々を幸福に導く法であるならば
それを後世に残していくことが使命であると思いこのブログを立ち上げてみました。
これからすばらしい神理が発見できれば、ここにて紹介してゆこうと思っております。

大天使ミカエルの降臨1 -反省による魂の軌道修正- 1  

大天使ミカエルの降臨1



反省という事がいかに大切なことなのか、
今回はそれを紹介させていただこうと思います。

----------


反省による魂の軌道修正

いずれの世界に行くにしても、すべて新たな世界に通じるための鍵を握っているのは、
みなさま方の心のありようひとつなのです。

自分が死後、どのような世界に行くかということは、
自分の心というものを善意なる第三者の立場で見つめてみれば、明らかにわかることなのです。

本書の読者がそれを知りたいと思うならば、みずからが神であるとして、
あなたの心に思ってきたこと、あなたが行なってきたことをつぶさに点検した時に、
そこに見る自分の姿を善と思うか、悪と思うかということです。

この善と思うか、悪と思うかということがわからないのであるならば、次のたとえで話をしましょう。

すなわち、あなたが神だとして、自分自身をまったく別な立場から眺めた時に、
その自分の思いと行ないを映写機のごとく映されたとして、
他の人びとに見られても心底恥ずかしくない人生であるか、

それとも人に見られたくないところがたくさんあるかどうかということです。

無修正で、その人生のドラマを人に見せられる方はりっぱです。

また、人生のあちこちで、さまざまなまちがいを起こしてはいるけれども、
そうしたさまざまなまちがいについて、そのつど反省をし、みずから涙を流している人の姿は、
それ自体がひとつのドラマであり、多くの人びとの感動を呼ぶことになるでしょう。

このように、みずからの心のフィルムをビデオテープのごとくスクリーンに映していった時に、
人に見られても困らない自分とは、誤りに接しては反省をし、涙する自分であるということなのです。

その誤りを誤りと認めず、みずからのまちがいをまちがいと認めず、我強く、押し強く、
どこまでも自分流の生き方にこだわっている人は、どこかで大きな衝撃を受けることになります。

地上で受けない場合は、あの世に来てから受けることになるのです。

そのような人生を、自分だけが知っていると思っていたところが、
多くの人びとに見られて深く深く悔いてゆくことになるわけなのです。




category: 反省による魂の軌道修正

tb: 0   cm: 0

コメント

コメントの投稿

Secret

トラックバック

トラックバックURL
→http://tlots1986.com/tb.php/225-b5a4d57c
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

QRコード