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神理の発見

私たちが生きていく上で一番大切なもの、そして真の幸福へと導いてくれるもの
もしそうしたものがあるならば、それは本当の意味での宝かもしれません。
それが誰によって書かれていたとしても、たとえわずかな期間に書かれたものであったとしても
その中に神理の光が宿っており、真に人々を幸福に導く法であるならば
それを後世に残していくことが使命であると思いこのブログを立ち上げてみました。
これからすばらしい神理が発見できれば、ここにて紹介してゆこうと思っております。

坂本龍馬の霊言 - 2  

坂本龍馬の霊言128-183


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他界後の志士たちの近況

善川 ちょっとお伺いしますが、あなたの年代の方の一人には、勝海舟先生が居られましたね、
   あなたの先生であったこともあったのですね。

龍馬 まあ先生といやあ先生じゃけど、まあ今は先生じゃあないわな。

善川 今はどうか知らんが当時初期にね、それから木戸孝允先生、往時は桂小五郎さんと云われておったのですか。

龍馬 うんうん桂小五郎さんね、はいはい。

善川 それから岩倉具視さん。

龍馬 具視さんね、はいはい。

善川 それから西郷さん。

龍馬 西郷ね。

善川 こういう方は皆さんご一緒のところにおいでるのですか……。

龍馬 そうね、あのう勝さんとは今もよく話しているよ、まあ友達交際やってもらっているよ、
   まあ仲間だな、木戸さんはね、ちょっと偉いんだな、ちょっと偉いんだ、俺達より。

   威張っているよ、威張っていると言っちゃ失礼だけどな、ちょっと格式が高いわけだ、
   ちょっとご立派な任務につかれているような感じだな。

善川 岩倉さんはどうですか。

龍馬 岩倉はね、まあそうね、まあちょっと俺の口から言うのもあれだがちょっと落ちるな、
   ちょっと俺達の居るところに居ないな、まあでも、まあそう悪くはないよ、立派な人間だと思うな。

善川 では、吉田松陰先生はどうですか。

龍馬 ああ、この人は立派な方、立派な方ね、まあ住んでる世界、ところはね、私達のまあ近所だけれどな、
   まあ立派な人だよ、まあ私ら、勝さんも合せてね、この松陰先生には今でも教えを乞うていますよ、

   教えてもらっていますよ、頭のいい人だからね、まあ日本一の秀才だね、この人、
   今でいやあそうだなあ東大の総長より頭がいいんじゃないかな、ずっと頭のいい方だと思うよ。

善川 象山先生はどうですか。

龍馬 ああ象山さん、象山さんも居るよ、ああ居る、居る。

善川 そうですか、あなたと同藩であった武市半平太さんは。

龍馬 半平太、あれはどこに居るのかな、会わんが……。

善川 大久保利通さんは。

龍馬 ああ、あれはあっちだ、あっちの方向だ。

善川 西郷さんは。

龍馬 西郷さんという人は、ちょっと反省中だな、元々偉い人なんだよ、
   偉い人なんだけど、ちょっと情に弱いところがあってな、
   生きていた時にね、大分情に流されてね、違ったことやってしまったからな。

善川 最後にちょっと方向を誤ったようですね。

龍馬 まあそういうことでな、彼は情の深い人だから、それでまあどうしてもね、
   彼自身は悪くはないのだけれど、引っぱられたということもあるんだけれどもな、
   まあ今のところいろんなことの反省中だな。まあそういうこっだ。

善川 明治初期あの当時、あなた方のうちで一番進んだ考えを持っておられた方といえばどういう方でしょうか。

龍馬 よう知らんが、まあ一番阿呆はわしじゃろな、わしが一番阿呆じゃ、一番阿呆じゃけどな、
   まあ福沢さんなんか偉人だと云われているよ、今俺達の世界では福沢さんなんか偉い人だと云われているよ。

善川 志士であった高杉晋作さんはどうされていますか。

龍馬 ああこれはちょっとまずいことになっているな、彼も優秀な人なんだけどな、けどな、
   死んで直ぐ何処へ行くかによって、その人が偉い、偉くないが決まるもんではないぞ、
   やっぱり世の中に役に立った人間は一杯いるんだ。

   役に立ったもんは居るんだけどな、やっぱりちょっとな、迷ったり、一寸失敗したりして、
   そんなことがあって、死後いろんなところに居る人もいるけどな、それが本来のその人じゃないし、

   死んで直ぐに真直にね、偉いところへ行けなくとも、立派な人は一杯居る。
   それ間違ってはいけない。そういうことしてでもね、やはりやらにゃならんていうこと一杯あるわけだ。

   政治家とかな、まあ昔でいうと侍の大将達なんてな、まあこれはええことしとれへんよ、
   まあ将軍家だっていろいろあったけれども、まあその前の戦国時代にしても、その頃の大将達、
   侍の大将達、はっきり言やあ人殺しの親分だ。

   はっきりいやあ悪いことしとるよ、いっぱいな、悪いことしているから死んでから暫くはな、
   地獄に堕ちている者一杯居るよ、けどな、彼らも彼らなりに時代を作ろうとして努力したわけだ。

   だから根っからの悪というわけじゃないんだ。
   時代を作ろうとしたわけでな、個人的にその責任一手にかぶって反省しているわけだ。
   だから、必ずしも死後真直ぐに天国へ来たからいいと言えば、そういうわけではないわけだ。

   織田信長さんだって地獄へ堕ちてしもうたけどな、けど信長さんの時にだって〝糞坊主〟は一杯居たわけだよ、
   お寺さんには糞坊主はいっぱい居たわけだ。

   その坊主が死んでから天国へ来ているかもわからん、天国へ来ているかもわからんが、
   じゃあ安泰かといやあ、き奴ら生きていた時に、一体何をしたんじゃ、何もしとらんもん、

   たかだか自分一人が生きただけじゃ、そして一緒に生きてきたもん何人か、
   そりゃ教育もしたかもわからんが、世の中の役にゃ立っとらんよ。

   ところが織田の信長さんなんか世の中の為になること一杯やっているよ、
   坊さんはわしゃ嫌いじゃとさっき言ったけどな、彼は坊さんの排撃もやったけどな、
   あれによって、まあ彼の力によって近代日本が開けたところも大きいわけだ。

   〝楽市楽座″もやればね、まあいろんな立派なこともやっているよ、海外の外国の考えも採り入れたし、

   まあキリスト教もそうじゃないか、結局信長が保護したから入って来たんじゃないか、そうだろう。

   坊さんやっつけたけど、またキリスト教入れたじゃないか、だから悪いこともあるけどいいこともあるわけだ。



category: 坂本龍馬の霊訓(一)

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