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神理の発見

私たちが生きていく上で一番大切なもの、そして真の幸福へと導いてくれるもの
もしそうしたものがあるならば、それは本当の意味での宝かもしれません。
それが誰によって書かれていたとしても、たとえわずかな期間に書かれたものであったとしても
その中に神理の光が宿っており、真に人々を幸福に導く法であるならば
それを後世に残していくことが使命であると思いこのブログを立ち上げてみました。
これからすばらしい神理が発見できれば、ここにて紹介してゆこうと思っております。

キリストの霊言 -I- 8  

キリストの霊言

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私は七歳で霊道を開いていた

-善川-
しかし、あなたはその頃、既に霊道が開かれておりましたか。

-イエス-
開かれておりました。

-善川-
何歳ぐらいからですか。

-イエス-
七歳です。
                            
-善川-
ルカ伝によれば、その頃あなたはご両親に連れられて、過越の祭りにエルサレムに上っていかれたようでしたが、
十二歳の折りにエルサレムの神殿で、学者、パリサイ人たちと議論を交しておられたということですが -。

-イエス-
それは言い過ぎです。それは神格化されたものです。
ただ私は、当時教会などに行っている変わった子供だというふうに見られ、
そのようなものに興味を示していた子供であったわけです。

-善川-
あなたのご兄弟の中で、あなたと同じように、神の道を説いた方はおられますか。

-イエス-
一人もおりません。彼らと私は肉においては兄弟でありますが、精神においては全く他人でありました。

-善川-
その後あなたは荒野に出られましたですね、そこで -。

-イエス-
サタン、ベルゼべフ、そのベルゼべフの試みを受けました。

-善川-
しかしその前に、あなたはバプテスマのヨハネに会われました。

-イエス-
会いました。
  
-善川-
彼はあなたが救世主だということを知っておりましたか。

-イエス-
知っておりました。

-善川-
そしてその時ヨハネはあなたに、
『私があなたの洗礼を受けねばならぬ立場にあるものではありませんか』と言ったときに、
あなたは「今は許せ」といってヨハネのバプテスマを受けられたということですが……。

-イエス-
私の謙遜の言葉だと受け取って下さい。
彼は私に対し、靴の紐も解く値打ちもない、と言いましたが、
そのことをそのままに受けて、私が人びとに言って歩いたとしたら、
私は不遜で倣慢な人間になってしまいます。
私は、私の教えを説き、やがて評価されるとしても、最初からそのような、
特に優れた人間のようなはじめ方はしたくなかったのです。
なぜなら、私も当初教えを説き始めた頃には、さまざまなサタンの試みを受けており、
増長慢の心を持ったら私自身が危険であったからです。

-善川-
あなたが荒野でいろんなサタンの試みを受けたということは事実でしょうか。

-イエス-
事実です。

-善川-
荒野でということは、例えばその地を道場として、座して観法でも行った際のできごとですか。

-イエス-
荒野というのは一つの象徴です。
荒野という地域があったわけではないのです。
いろんなところでサタンの試みを受けました。それを弟子達が象徴的に語っているのです。

-善川-
そこで、その試練の時期を乗り越えた時に、あなたは神の子として完全な悟りを開かれたわけですか。

-イエス-
完全はありません。完全というものはありません。





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