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神理の発見

私たちが生きていく上で一番大切なもの、そして真の幸福へと導いてくれるもの
もしそうしたものがあるならば、それは本当の意味での宝かもしれません。
それが誰によって書かれていたとしても、たとえわずかな期間に書かれたものであったとしても
その中に神理の光が宿っており、真に人々を幸福に導く法であるならば
それを後世に残していくことが使命であると思いこのブログを立ち上げてみました。
これからすばらしい神理が発見できれば、ここにて紹介してゆこうと思っております。

キリストの霊言 -I- 7  

キリストの霊言

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処女懐妊論は誤り

-善川-
そうでしたか。それで、その時のお父様はヨセフと申された方であったそうですが、
聖書によれば、実はこの方は、あなた様の実のお父様ではなくて、いわゆる処女懐妊という……。

-イエス-
間違いです。そのようなことは、後世の人が、私を神格化するために考え出したことであります。
私自身は正常な夫婦の営みの中に生れてきました。
私が本当に神の子であるならば、生れる時にそのような奇蹟的な生れ方をする必要はないのです。
普通の人間として生れ、やがて悟り、人びとに、神の道を説けばそれでよいではないですか。
最初からそのような奇蹟の中に生れる必要はないはずです。私も人間として生れたのです。
人間として生れ、さまざまな苦しみの中に悟っていったのです。

-善川-
お伺いします。聖書によれば、あなたが人びとに教えを説かれるまでの間が、空白になっているのですが。

-イエス-
それは削除されたのです。
私の三十歳頃までのことも、当初の聖書の中には書かれていたのです。
なぜ削除されたか、それは私の三十歳ぐらいまでの生き方が、余りにも人間的だったからです。
神の子として、神聖化するのには困るから削除されてしまったのです。
あたかも私が生れた時に、処女マリアから生れたといわれるには、私の三十歳までの、人間的な、
あまりにも人間的な生き方を書いたならば、後の世の人たちはこのことをとても信じてはくれない。
とても神の子だとは信じてくれないという思いから、何度かの聖書の書き換えによって削除されてしまったのです。
当初の十一弟子たちの私のことを記したものの中には、私の三十歳ぐらいまでのことも逐一書かれていたのです。

-善川-
それを聖書の中では窺うことができなかったのですが、
その間実生活としてはどのようなご生活をなさっておられましたか。
普通の生活をされておられたのですか。

-イエス-
そうです。

-善川-
お父様のお手伝いをされておられたのですか。

-イエス-
大工の子供でした。しかし勉強しました。私は寸暇を惜しんで勉強をしました。
預言書を読みました。現にその当時の宗教家たちの意見も聴きました。
しかし後の世の人たちは、私がそのような勉強をして、はじめて法を説いたということは堪えられないことだったのです。




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