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神理の発見

私たちが生きていく上で一番大切なもの、そして真の幸福へと導いてくれるもの
もしそうしたものがあるならば、それは本当の意味での宝かもしれません。
それが誰によって書かれていたとしても、たとえわずかな期間に書かれたものであったとしても
その中に神理の光が宿っており、真に人々を幸福に導く法であるならば
それを後世に残していくことが使命であると思いこのブログを立ち上げてみました。
これからすばらしい神理が発見できれば、ここにて紹介してゆこうと思っております。

キリストの霊言 -I- 3  

キリストの霊言

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十字架とは何か

-善川-
よく解りました。お教え願いたいことのいま一つは、あなたがおっしゃったお言葉の中に、
『人もし我に従い来たらんと思はば、己れを捨て、日日おのが十字架を負ひて我に従へ。』
という聖文句が残っておりますが、その意味についてお教え願いたいのですが。

-イエス-
あなたはどう考えていますか。

-善川-
その点について私は悩んでいるところです。「己れを捨て……」というところが、
どの程度の己れを捨てるということでありましょうか……。

-イエス-
肉体煩悩を断て、という仏教の教えと同じことです。
己れを捨てとは、己れ自身の心を捨てということではありません。
神の子としての自覚を捨てるということではありません。
この世に生き易く生きたいというような念いですね、
そのような囚われている自己を捨てなさいということです。
しかし十字架というのは、ひとりひとりが負っているものです。
その十字架というのは、肉体を持つことによって、肉体自身が十字架になっているのです。
肉体をよく見なさい、十字架になっているはずです。

-善川-
肉体という重荷を負っていることが、十字架であるという自覚をせよ、とおっしゃるわけですか。

-イエス-
肉体を持ち、この世に修行するということ、これはどのような大指導霊がこの地上に出たところで、
この現象界、この自然に条件づけられているということ、
ここから逃れることはできないのです。
この肉体を持って何十年間の人生を生きていかなければならないということ、これが十字架です。





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