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神理の発見

私たちが生きていく上で一番大切なもの、そして真の幸福へと導いてくれるもの
もしそうしたものがあるならば、それは本当の意味での宝かもしれません。
それが誰によって書かれていたとしても、たとえわずかな期間に書かれたものであったとしても
その中に神理の光が宿っており、真に人々を幸福に導く法であるならば
それを後世に残していくことが使命であると思いこのブログを立ち上げてみました。
これからすばらしい神理が発見できれば、ここにて紹介してゆこうと思っております。

スウェーデンボルグ霊示集 -私の見た地獄界- 11  

スウェーデンボルグ霊示集128-184


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地獄界の二つの法則

この地獄界というものは、いろんな世界がひろがっておりますが、
そこに共通しているものは、二つの法則であるように私には思えます。

ひとつは、それなりの論理をかならず持っているということ。
自己欺瞞をするためのなんらかの説明がかならずあるということ。

もうひとつは、その人の思ったとおりの姿、心の傾向性どおりの姿をとるようになっているということ。

この二点です。これはどこに行っても共通しているようです。

そして、まことに不思議ですが、心の傾向性が変われば、その外見、形状が変わります。
それだけではなく、住む世界もやがて変わってゆくことがあります。

地獄では比較的浅いところに住んでいても、そこで大ボスをやって、次第しだいにその悪の部分を伸ばしてゆくと、
ある日を境にもっと下の世界にストーンと落ちてゆくことになります。

そうすると、地獄の世界では一種の神隠しであって、その人がいなくなるということになるわけです。

あるいは逆もあります。比較的深いところに住んでいたけれども、だんだん嫌気がさしたり、
あるいは本人が悔いることがあったりして、そしてもうすこし別な世界を求め始めたときに、
心境が変わって、一段上のところにあがってくる、こういうことがよくあります。

たいていの地獄霊たちは、住む世界が変わると、たがいに接触ができなくなってしまいます。

ただ、サタンという連中はひじょうに地獄の地理に明るく、いろいろなところに出没しております。

あえてこの世界を視覚的に表わすとするならば、やはり洞窟のような暗いところを下って行く、
そういう石段を下って行くといろんな地獄界が次つぎと出てくる、こういうふうになりましょうか。

全体にうす暗く、そして最深部に行けば行くほど、漆黒の闇のようになっています。

さて、地獄の世界には、これ以外の変わった世界ももちろんあります。
それは、まったく孤独な世界です。こういう世界があります。

砂漠に独りでいるような、そういう孤独地獄というものもありますし、それ以外の世界においては、
たとえば同じような孤独地獄であるのですが、もう自分が身動きができないような地獄もあります。

ちょうど沼地に生えている葦か、あるいはヨシのような植物になったような気分になって、
動かずに埋もれている、こういう者たちもいます。

私の目から見ればそれは、葦やヨシのように見えるのだけれども、よくよく見てみると、
それぞれに顔がついていて、実は人間だということがわかります。

こうした者たちは、深い罪の意識にとらわれ、もう人間との接触を断ちたいという思いが強く、
そして孤独な世界のなかにひきこもっている者たちです。





category: 私の見た地獄界

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