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神理の発見

私たちが生きていく上で一番大切なもの、そして真の幸福へと導いてくれるもの
もしそうしたものがあるならば、それは本当の意味での宝かもしれません。
それが誰によって書かれていたとしても、たとえわずかな期間に書かれたものであったとしても
その中に神理の光が宿っており、真に人々を幸福に導く法であるならば
それを後世に残していくことが使命であると思いこのブログを立ち上げてみました。
これからすばらしい神理が発見できれば、ここにて紹介してゆこうと思っております。

スウェーデンボルグ霊示集 -私の見た地獄界- 5  

スウェーデンボルグ霊示集128-184


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そういう教えにふれた他の地獄霊たちは、その人の姿を見て、「これこそ光の天使だ」と思うようです。

「光の天使だ。なぜならば彼は私たちを愛しているからだ。私たちが自由にやろうとしていること、
それはすべて叶えてくださるとおっしゃる。そして、心のままに、自由気ままに生きてゆけばよい、
自分の個性をのびのびと伸ばして、やりたいようにやったらよい、こういうふうに教えてくれるのだから、
まさしくこれは救世の教えである。」 このように感じるようであります。

こうして数多くの地獄霊たちが、精神的に洗脳されてゆくようになります。支配されるのです。
その理論に支配されてゆくようになってゆきます。

あるいは、そのサタンたちのなかでは、巧妙な者たちもいて、自分の姿を変えることになります。
過去の有名な人の姿に身体を変えたり、なかにはイエス・キリストのまねをする者までおります。

西洋のほうの牧師であって地獄に堕ちた者たちは、イエス・キリストのようになりたい、
という気持ちが強かったものですから、みずからの姿を変身させることができることをいいことに、
地獄のイエス・キリストをやっております。そういう者もおります。

「私はイエス・キリストで、天上界からいま、諸君らを救いに来たのだ」。ということから説法を始めて、
いろんなことを諄々と語り、その間に聖書から得られた知識をさかんに織り込んでいるので、
単純な地獄霊たちは手もなくそれにのせられて、彼をイエス・キリストだと信じ始めるようになります。

そして彼の扇動にのっていろんなことを始めるようになります。

まず、この扇動にのりはじめると、「迷える人たちを救え」というような教えが始まります。
そして、迷える人たちとは何かというと、地上に生きている人たちです。

「彼らはひじょうに可哀想な人たちである。ほんとうの世界のことを知らないのである。
だから彼らを守護してやらねばならない。」 

こういう言葉を聞いて、そして、守護霊になったつもりでこうした者が
地獄から這い上がって、生きている者に取り憑いてくることになります。

この、にせイエス・キリストはさらにいいます。
「人間の真実の愛とは、相手の欲するものを与えることである。

だから、自分たちが守っている者が欲するものを、なんなりと与える方向で指導してやれ。」 
このようにいうのです。





category: 私の見た地獄界

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