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神理の発見

私たちが生きていく上で一番大切なもの、そして真の幸福へと導いてくれるもの
もしそうしたものがあるならば、それは本当の意味での宝かもしれません。
それが誰によって書かれていたとしても、たとえわずかな期間に書かれたものであったとしても
その中に神理の光が宿っており、真に人々を幸福に導く法であるならば
それを後世に残していくことが使命であると思いこのブログを立ち上げてみました。
これからすばらしい神理が発見できれば、ここにて紹介してゆこうと思っております。

高橋信次の天国と地獄 -天国と地獄- 13  

高橋信次の天国と地獄128-184



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悟りの意味

さあ、そうしてみると、地獄霊と修行の話をしてきましたが、
ここで悟りの意味というのをもう一度考えないかんね。

悟りというのはね、昔から修行僧、仏教の中でね、悟りを得たとか、悟ったとか、
いろんなこと言うけれども、悟りというのも一概なものではないんだ。

もちろん段階があるんだ。それぞれの霊的な段階に応じた悟りというのが、やっぱりあるんだね。

そうすると、この地獄の悟りというのは、まあいちばん下の悟りだね。
この中でも悟りがあるんだな、彼らなりにね。

それは、下段界の人は、地獄の中段界に上がる悟りがあるし、
地獄の中段界の人は地獄の上段界に上がる悟りがあるんだね。

いちばん地獄の下段界ってなにかと言えば、この辺がまあ、だいたいサタンの世界だねえ。
サタンの世界でも、まあそりゃあ五百年、千年やっとるのもおるけれど、嫌気がさすというのがあるんだな。

暴力団でも、抜けたいというのがあるだろう、ねえ。
昔の忍者で、抜け忍なんていうのがあって、抜け忍が出ようとすると、
みんなでもう追いかけて、殺そうとするんだね。「抜けさせない」なんてやって。

暴力団でも、抜けるの大変だね。指詰めさすとかね、大変なんだ。
それでも嫌になるときがあるんだね。どうしても抜けたい。この世界から足洗いたい。

散々悪のかぎり尽くしてね、「やっぱりもう、人間としてこれ以上は、耐えられない」というときがあるね。
こういうときは、もう、命を失おうがどうしようが、抜けたいという気持ちが起きるときがありますね。

暴力団でもやめる人がいるんだから。脱サラじゃないけれど、脱暴力団をやる人がいる。
足を洗うというやつだな。

これ、足を洗うというのを感じたときにね、地獄の下段界から中段界へ上がってくるんですよ。
堅気の地獄霊になるんです。

まあいわば、堅気にね、堅気さんになるんだ。
そんな、暴力団結成してね、人を使ってまで相手を責め苛んだりするようなことに嫌気がさして、堅気になる。

だから、この段階は、まあ、嫌気がさすというぐらいしかないんだな、悟りが。
嫌気がさすという悟りがあるんだ、まず。

嫌気がさして、抜けたくなるという気持ちね。

このとき抜けさせないように、もう、みんなで引きずり回したり、叩いたり、いっぱいするんだよ。
こういうことがあります。




category: 天国と地獄

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