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神理の発見

私たちが生きていく上で一番大切なもの、そして真の幸福へと導いてくれるもの
もしそうしたものがあるならば、それは本当の意味での宝かもしれません。
それが誰によって書かれていたとしても、たとえわずかな期間に書かれたものであったとしても
その中に神理の光が宿っており、真に人々を幸福に導く法であるならば
それを後世に残していくことが使命であると思いこのブログを立ち上げてみました。
これからすばらしい神理が発見できれば、ここにて紹介してゆこうと思っております。

高橋信次の天国と地獄 2/2  

高橋信次の天国と地獄128-184


前回は、地獄の下段階はどのような世界なのか、そして、どのような時に、そこを抜け出してこれるのか、
そうしたお話をいたしました。

今回は、その中段階から、地獄を抜け出してゆくまでのお話をしてみようと思います。

地獄の下段階では、集団的に人を殺めようとか、狂わそうとか、そうした活動をしているわけですが、
中段階に上がってくると、そういう積極的な気持ちはなくなってきます。

しかし、心の中にはまだ、悪の想念が相当残っているため、その清算をしてゆくことになります。

情欲のままに生きた人は、そうした世界で、人々に悪口のかぎりをつくした人は、そのような世界において、
自らの心性に最もふさわしい地獄において、自らの誤りを清算してゆくことになるのです。

焦熱地獄という所があるのですが、これはどのようなところかというと、
読んで字のごとく、この地獄ではたいへんな高熱で人びとの体が焼けただれています。

水を求めて、ゆらゆらと陽炎の立ち昇る砂漠を、腰に布一枚を巻いただけで、
やせて骨だらけになった男女が彷徨っています。

この地獄を特色づけているものは、「渇望」という言葉です。
人びとに布施することを忘れて貪欲にむさぼり、求めることばかり考えて人生を送った人びとの末路なのです。

物欲が強く、つねに不足と不満ばかりを心に思って生きてきた人びとなのです。
そうした人びとの心が、熱風の吹きつける灼熱の砂漠という心的風景をつくり出しているのです。

あの世の世界は、己の心に嘘のつけない世界です。
すなわち、その人の容貌も、その人を取り巻く環境も、その人の心の真実の姿を正確に反映してしまうのです。

しかし、こうした非常に厳しい、苦しい世界において何百年かの時をすごしていくなかで、
自分というものを振り返るときがあるのです。

自分は今、こうした苦しい世界にいるけれども、もしかするとこれは、自らの考えに誤りがあったのではないか、
人間の幸せというものは、もっと別のところにあるのではないか、

もっと調和とやすらぎの世界があるのではないか。
そうしたことを痛感するするときがくるのです。

このように自分を振り返り始めたときに、抜けたいというだけではなく、振り返り始めたとき、
地獄の中段階から上段階に上がってくることになるのです。

そして、上段階へ行くと、どうなるかというと。

地獄の上段階では、天国に行きたい人はたくさんいます、ただどうしたら天国に行けるのかがわからない。
それで、時どき来る天使たちの声に耳を傾けたりしながら、いろいろな反省という事が始まっていきます。

「どうやら、自分は肉体中心の生き方をしてきたらしい」あるいは、
「どうやら自分は、霊というものについて全然理解がなかった。
どうやら自分は、愛ということを全然やらなかった、自分はどうやら人の幸せなんか考えたこともなかったな」。

自分中心であったということの反省が始まっていきます。

ここでもかなりの時間はかかりますが、これで自分の、この自己中心的な生き方、これを反省して、
「人間の本当の生き方はそうじゃないんだ」、また、「人間は霊的な生き方をするのが本当だったんだな」
そういうことがわかってきた時、これが地獄から抜け出す最後の段階なのです。

そして、霊的な自覚をし、自己保存がいけないことがわかり、
勇気を持って、もう一度、本来の神の子として生きて行こう、立ち直ろうと決意したとき、
その時が、天国に上がってゆくときなのです。

簡単に説明をしてみましたが、この書を読むことによって、より詳しく理解が進むでしょう。
そうすることが、みなさんが生きていく上で、かならずや、人生の指針となると思います。




高橋信次の天国と地獄 1/2

category: 高橋信次の天国と地獄

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