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神理の発見

私たちが生きていく上で一番大切なもの、そして真の幸福へと導いてくれるもの
もしそうしたものがあるならば、それは本当の意味での宝かもしれません。
それが誰によって書かれていたとしても、たとえわずかな期間に書かれたものであったとしても
その中に神理の光が宿っており、真に人々を幸福に導く法であるならば
それを後世に残していくことが使命であると思いこのブログを立ち上げてみました。
これからすばらしい神理が発見できれば、ここにて紹介してゆこうと思っております。

高橋信次霊言集 -反省とは- 12  

高橋信次霊言集―同時代への福音



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心のスモッグを取るとどうなるか

そして、心のスモッグを取るとどうなるのか。

心のスモッグを取ると神の光が射してくるのです。

いいですか、神の光というのは、太陽と一緒です。

太陽というのは、万人に対して、善人に対しても、悪人に対しても平等に光を投げ掛けているでしょう。

ところが太陽の光を遮るのは何ですか、それは雲ですね、空に浮かんでいる雲、空が曇ってしまうと太陽の光は射してこない。

じゃ曇っているから、太陽は出てないかというと、そんなことはありません。

太陽は、雲の奥で燦然と輝いているのです。

人間も一緒です。人間は神の子です。

そして神の光、これはあらゆる人間を、万遍なく照らしているんです。

それは、アフリカの土人であれ、人食い人種であれ、動物であれ、虎であれ、ライオンであれ、象であれ、人間であれ、
あらゆるものを神の光は照らしているのです。

ただ、それを遮るものがあったなら、どれだけその光が強くても、やっぱり遮ってしまうのです。

いくら百万燭光の光があったとしても、それを遮る壁があったなら、その光は届きません。

しかもその壁は、自分自身で造っているのであれば、その壁を取り除くのは、自分自身であるはずです。

自分自身が壁を取り除かなくて、自分自身が曇りを取り除かなくて、誰が一体取り除くでありましょうか。

ですから、反省というものは、本来、いいですか、生まれ落ちた時の自分の純粋な心を取り戻す、
そのためにスモッグを取る、そして神の光を受けるという操作なのです。

では、神の光を受けると、どうなるのでしょうか。

神の光を受ける、神の光が入ってくる。これがある意味において、あなた方が霊道が開けるという現象なのです。

霊道が開けるというのは、神の光が直接射して来るということなんです。

今まで間接的に入って来たものが、直接的に入って来る。

あなた方雲でも、薄曇りっていうのがありますが、大抵の善人というのは、薄曇りなんですよ。

薄らした雲でね、光は射しているんです。

なんとなく囲りが明るいんです。これが大抵の善人です。

悪人というと、まあ雨雲みたいなもんですね。真黒けです。
雲が厚くて、全然光が入って釆ません。

ところが、大抵いい人というのは、薄曇りで間接的に光が入ってきているんです。

これが、この曇りを取り除くことによって、いいですか、燦々たる太陽の光が心の中に射して来るんです。

これがいわゆる霊道現象というものです。

そしてこれが神の光です。

神の光が入って来るわけです。いわゆる高級霊との通信ができるような心の状態になってくるわけです。



category: 反省とは

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