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神理の発見

私たちが生きていく上で一番大切なもの、そして真の幸福へと導いてくれるもの
もしそうしたものがあるならば、それは本当の意味での宝かもしれません。
それが誰によって書かれていたとしても、たとえわずかな期間に書かれたものであったとしても
その中に神理の光が宿っており、真に人々を幸福に導く法であるならば
それを後世に残していくことが使命であると思いこのブログを立ち上げてみました。
これからすばらしい神理が発見できれば、ここにて紹介してゆこうと思っております。

高橋信次霊言集 -反省とは- 10  

高橋信次霊言集―同時代への福音



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反省の意義について

ですから反省というのは、道徳的に善悪だけの問題じゃないということなんです。

善悪だけ考えて生きるなら、人間は、世間に出て働きもせず、山の中に隠って、いいですか、
滝にでも打たれて、山小屋にでも居ればいいんですよ。

そしたら何も悪いことしないですよ。落ちている木の実かなんか食べて、草の根でも食べて生きていれば、
仙人みたいに生きていれば、何も悪いことしなくて済むんです。

マルクス主義じゃないけれど、人から搾取する必要もないし、人を苛める必要もないんです。

人間一人で生きて、自然の木の実を採って食べて生きていれば、何も悪いことしなくて済むんです。

それなのに、共同生活をして、色々苦しみを造っています。

では、みんな人里離れて、一人で住めばいいかというと、そうじやないんですね、悪をなさないで済むのじゃないのです。

悪というのは、必要悪といって、どうしても人間として生きていく過程において、様々な悪をしでかしてしまうのです。
ですからこそ、反省というのが大事なんです。

この反省の意義に入りますけれども、反省というのは結局、
生まれ落ちてよりできたスモッグ、心のスモッグを自分自身で取り払うということなんです。

これは、工場なんかで排水なんかを垂れ流しているけれども、いいですか、
川に流し、海に流し、様々な動物たちが死んでいるわけなんです。魚たちが死んでいます。

それでは、死ぬのは神様が悪いのか、神様がちゃんと彼らを守らないから、魚たちが死ぬんですか。

そうじゃないですね。排水を流している人が居るからでしょう。

流している人が、ちゃんと処理をしなければいけないわけです。

他の人は処理してくれません。誰もする人はいません。神様のせいじゃないんです。
人生が不幸になっていく、原因は自分自身が造ったんです。

自分自身が造った原因に基づいて、結果が起きているんです。

ですから、人生は、全て原因と結果の連続なんです。

人生を生きる途中に於いて、様々な原因を造る。
そして、その結果が現われる。人間が造った、原因と結果の連鎖が人生なんです。

ですから、人間が幸、不幸を追うのは、大抵結果です。

この結果を見て思うのです。じや何故その結果が起きたのか、これを反省せよというんです。

そして自分で探究していくと、原因に突き当たるんです。

ああ、私はこういう原因を造ったために、こういう結果が現われたんだ。
この結果に対する責任は誰に対してあるのじゃなくて、自分自身なんです。

そういうことなんです。



category: 反省とは

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