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神理の発見

私たちが生きていく上で一番大切なもの、そして真の幸福へと導いてくれるもの
もしそうしたものがあるならば、それは本当の意味での宝かもしれません。
それが誰によって書かれていたとしても、たとえわずかな期間に書かれたものであったとしても
その中に神理の光が宿っており、真に人々を幸福に導く法であるならば
それを後世に残していくことが使命であると思いこのブログを立ち上げてみました。
これからすばらしい神理が発見できれば、ここにて紹介してゆこうと思っております。

高橋信次霊言集 -反省とは- 7  

高橋信次霊言集―同時代への福音



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十八歳から二十二歳ぐらいの間に環境に対する苦しみを造る

それから、十八才から十九才、大学入試というものがありますね。或いは、就職というものがあります。

まず、高校卒業して就職した方は、また新たな社会の荒波の中で、様々なことを思われます。

また、大学入試を受ける人は、志望校、自分の思う通りのところへ行けたかとか、行けなかったとか。
或いは、浪人をしたとか、しないとか。或いは、医学部へ行きたかったけど、お金がなかったとか。

そういうことで、いろんな、この辺りで苦しみを造っています。
現代青年たちは、一八、九才で苦しみを造っていきます。

そして、ここでドロップアウトした人達が、非行に走ったり、様々な社会の悪の構成要素となっています。

また、順調に大学に入った人も、大学の四年間で様々なことを思います。

本業の学問をしようとして入った大学であるにも拘らず、自分の思うが儘の放縦な生き方をして、
欲しいままの生き方をして、自分というものを腐らせていきます。

いいですか。本来の目的を忘れ、郷里に居る両親は、何も知らずに、
まあしっかり勉強しているんだろうと思って、学資を送るわけです。
今だと、十万も、十何万も送るんでしょう。

ところが、それを当て込んで、遊んでばっかりいるわけです。
マージャンを毎日したり、マージャン大学に行っているようなもんです。

そういうようなことをして過ごしていく。そして社会に出ると、また今度は、
一流大学を出た人は、一流大学ということを鼻に掛ける。

また、二流、三流大学を出た人は、自分が公平に扱われないのは、
自分が駅弁大学を出たから、そうなんだとか、三流大学を出たから、自分は能力はあるんだけど世間に遇されないとか、
こういうことを考え始めます。

そういうふうに自分自身のせいでなくて、自分が、たまたま置かれた環境を理由として、
世の中への不満というのが出てきます。これが二十代前半です。



category: 反省とは

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