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神理の発見

私たちが生きていく上で一番大切なもの、そして真の幸福へと導いてくれるもの
もしそうしたものがあるならば、それは本当の意味での宝かもしれません。
それが誰によって書かれていたとしても、たとえわずかな期間に書かれたものであったとしても
その中に神理の光が宿っており、真に人々を幸福に導く法であるならば
それを後世に残していくことが使命であると思いこのブログを立ち上げてみました。
これからすばらしい神理が発見できれば、ここにて紹介してゆこうと思っております。

高橋信次の天国と地獄 -天国と地獄- 7  

高橋信次の天国と地獄128-184



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だって、自分がどこへ行ったらいいか、わからない人がいっぱいいるんだから。
もうフラフラしちゃって、どっち行ったらいいのかわからないって言うんだから。

そりやあね、交差点でもお巡りさんがいて、右行け左行けやってるでしょう。
それはやっばり役人さんいるんですよ。

ただ閣魔大王っていうのは、まあ、別に特定の人がいるわけじゃないけれども、
そういう光の天使でね、そういう役割持った人がおって、菩薩行の一環としてね、そういう幽界に行って、
霊たちの整理してるんですね。整理番号つけてね。

「はい、何番さん、あんたどっちよ、右よ、あんた左」ってね、「左行ったらどうなるんですか」
「行きゃあわかるよ、行きゃあ」ってね、「行きゃあいいよ、五百メートル位行ってごらん、
下ストーンと堕ちてね、あなた、ドボンと堕ちたら終わりだよ、血の池地獄だよ」 って、まあこうなるわけですね。

コースがあって、やっぱり整理をしてます。

だから、それは別に彼らを裁いてるわけじゃないんだけどね、
まあ、反省ということさせるという話を、僕たちはしましたが、結局、過去を照らす鏡とかね、
過去を知らせるスクリーンによって、自分の一生を判定させるんです、自分でね。

それで気がついてくる、だんだん。自分はどうも罪深いとわかったら、こんこんと説教してやってね。

「そうなんだよ、ああなんだよ、君の一念三千は、実はこっちの方ばっかり行ってたんだよ、ねえ。
もう一念は女性に全部集中した。一念はお金に全部集中した。一念は全部もう地位に集中した、ね。
こんなんでいいのか。あんた他人のために優しい気持ちなんか持ったことないだろう、一回も」。

「そんなの持たないかんのですか」 ってね。
「いけないよ」「なぜですか」 ってね、
これから一生懸命話をするんです。大変です、あの世の霊も。

まあ、こうして、色分けは一応するんですね。そして、一応納得は得てコース分けします。

中には生きているときに、だいたい四体も五体も地獄霊に憑かれているような霊っていうのは、
コース分け行く前に、もうストンと堕ちちゃいます。
こんなのもありますね。重みでね、ストンと地獄へ堕ちちゃう。こういうこともありますね。

まあ、こういうふうに地獄はあって、地獄の、その広さはそれはすごいですよ。

みなさんは霊言集の中で、地獄っていうのは、四次元の中のね、下段界というか、一部分だときいているけれども、
この一部分もまた広大無辺です。

その中で、私たちの霊眼に映ってくる人の数というのは、もうこれは何億、何十億ですね。
そして地獄も、やはり長いあいだ人類が転生輪廻してきた過程を経てね、
それぞれの地域別にいっぱいつくってるんですね。

インドにはインドの地獄があり、アメリカにはアメリカの地獄をね。
ヨーロッパにはヨーロッパ、日本には日本の地獄が、やっぱりあるんですね。
特徴がある地獄がある。



category: 天国と地獄

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高橋信次の天国と地獄 -天国と地獄- 8  

高橋信次の天国と地獄128-184



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アメリカではインディアン、インディアンとのあなた、戦争があったでしょう。
独立戦争じゃないインディアン戦争か、インディアン殺しかなんか知らんが、
白人とインディアンとの戦いがあったでしょう。

幌馬車隊のねえ、あんなとき地獄できてるから、あの世のそういう阿修羅地獄の中で、
インディアンが弓つがえては、射って射って、白人の保安官が来てはそのインディアンを撃ち殺したりしているようなね、
そういう阿修羅地獄ってあるんですよ。

こういうインディアンの戦いは、これはアメリカにあるんであって、日本ではありませんね。

日本だとどうかというと、源平戦争みたいな、こんなのやってるのね。源氏と平家がわかれて、鬨の声あげて、
「いやあ、われこそは」ってやってるんです、いまだにね。

何百年もやっとる人いっぱいいます。それぞれのやはり、地域意識と時代意識を持った地獄があるんですね。

なぜそういう地獄があるかというと、さっき言ったように、あの世の世界は念の世界ですね。
だから念が共通している人が、そういう世界を展開するんです。

だから、源平時代の地獄霊たちはだいたい集まっています。源平時代の合戦をしているときの地獄霊たちが、
第二次大戦の戦争しているときの地獄霊とは一緒にならないんですね、わからないから。
彼らも混乱しちゃうから、そんなことしたら。

だから、やはり源平は源平でね、源平の合戦やってるんです。壇の浦でね、耳なし芳一の世界を展開してるんです。
ところが、第二次大戦のその英霊たちはね、そこでまだやってるんですよ「空襲だあ」なんて、やってるんです。

これは要するに、念は念の性質によって行く場所が違うから、本当は空間的には同じ空間なんだけど、
わからないんですね、お互いに。

念の性質が違うと、すれ違っちゃってわからない。
これは地上であれば、いろんな電波が放映されているけれども、わからないでしょう。
で、テレビのスイッチ入れたらね、一チャンネルはNHKとか、三チャンネルはなんとかというふうになってるでしょう。

だから混在しているけれども、それが整然とまた世界を展開しているんですね。こういう世界なんですよ。
                          
だから、地獄の数っていうのは、人間が念うかぎりの、悪っていうかね、
悪想念が生ずる数だけの地獄があり得るということですね。

だからこの世で考えて、悪い念いということで、思いつくかぎりの地獄があるということですね。

たとえば、ドロボーならドロボーの世界がある、ね、え。強盗なら強盗の世界があるんですよ。
あるいは、男女問題専門家たちの集まりも、それはある。あるいは戦争ばっかり専門のところもある、ねえ。



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高橋信次の天国と地獄 -天国と地獄- 9  

高橋信次の天国と地獄128-184



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それから宗教家たち専門のところもありますね。無間地獄って言ってね、
だいたい思想犯、宗教犯ね、人間の心を腐らした人が行く中心のところがありますね。
無間地獄って言うのがあります。

これがいちばん難しくってね、今の宗教でも、「おまえこそにせ物だ」とかね、「わしこそ本物だ」なんて、
いっぱいやっていますね。こういうのは、どっちがどっちだかわかんない。

お互いに相手が悪魔だと思ってやってる。「ああ、あそこを見ると、黒いマントを着て、角が生えているのが見える」
なんて言っているのが、実はそっちが光の天使で、自分の方にその黒いマントがついておったりね、
わからないんですね。

ただ、この正邪については、あの世では確実に判定される。
この世ではわからないかもしれないけれども、あの世では、確実に判定されるんですね。

間違ったものというのは、この無間地獄に行くんです。
それは過去世に関係なく行かざるを得んのですね。

だから光の天使なんかも、悪い商売でしてね、間違ったらストンと行っちゃうんですね。
こういうことはあるし、厳しいんです、それだけね。

だから地獄の世界は、念いの世界の数だけあるし、みなさんね、ちょっと努力してみて下さいね。

自分がいちばん凶悪な念い出すとして、何が出るか考えて、
だから考えつくかぎりの世界が地獄にあるということですね。

人間としてどこまで凶悪になりうるか、考えたらいいよ。どこまで凶悪になりうるかね。

まあある程度の人間は、「ここまで以上、もうおれは無理だ」という人がいるだろうけれども、
まあ、そのへんまでなるんですね。だから地獄も、上段界、中段界、下段界ってあってね、深さは全然違います。

想念の世界ですから、地獄というのは、まあ、いわばテレビ見てても、電波が入る、なんてよく言うね。

ジャージャーと雨が降ったりして、ああいう世界なんだよ。整然とした電波じゃなくってね、電波が乱れとるんだ。
結局、想念が乱れとるから、映像が、いい映像映らないんだよな。

どんな美人の歌手だってあなた、ジャージャーと雨がふるような電波でテレビ映したら、すごい顔になるだろう。
けだものじゃあないけど、もう破壊されつくした顔に映るでしょう。ああいうふうに映るんだよ。

だから地上のときどんなね、美空ひばりといやあ、ちょっと古くなっちゃうから、今何か知らんが、
あー、中森明菜かなんか知らんが、それくらいの歌手がいてもね、心地獄ならあの世にいけば、
電波ふったようになれば、画面に映らないんだな。

ひどい顔になっちゃう。まあ、こういうふうになるんですよ。
だからそういう電波が入って、雨がジャージャー降っているような画面だと思えばいいや。

そういう間違った、あれだね、
音楽でいえば旋律が間違っている。間違った旋律ってあるよな。

もうせっかくいい音楽弾いているのに、間違っちゃうことあるね、途中で。
そうしたら、もう聞くに耐えないね。ああいうような不調和な感じね、これが地獄なんですよ。



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高橋信次の天国と地獄 -天国と地獄- 10  

高橋信次の天国と地獄128-184



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ただ地獄霊の多くは、まだ自分たちが霊的な存在だということに気付いていないんだな。
まだ肉体持った延長でやっているんですな。

延長でやっているけれども、何と言うか自分たちの念いが、もっとストレートに出てくるんだね。
そういう破壊の念とか、嫉妬の念、憎悪の念、怒りの念ね、
こうしたのがもっとストレートにボンボンボンボン出てきます。

怖るべき破壊力ですね。それから力を競ったりするようになります。こういうことがあります。

で、地獄の中でも長年もいればね、そりやあ親分がいっぱいおるんですよ。
今、間違った宗教団体の中でも親分おるでしょう、ねえ。みんな狂った教えうけて、
だけどその中にボスがやっぱりおって、「われこそは指導者」でやっとるでしょう。

いばってねえ、やっとるでしょう。
「事務局長だ」、「理事長だ」、ねえ、そりゃあいろいろな名前でやってるでしょう。
こういうのがだいたいボスになるんですよね。

あっち行くとやっぱりいばってるんだ。地上のときに、ようするに間違った心の人たちを指導する中で、
力持っているような人が、やっぱりあの世行ってもいばってね、そしてほかの人を命令して、ああしろこうしろ言って、

そして地獄の悪魔同士でも戦争やったりしてるんですね、お互いに。
どっちが偉いかを、要するに証明するためにやるんです、こういうのはね。

だから地上にいる人たちも、よく聞かないかん。
どっちが偉いかを証明するために法戦を挑んだりね、人と戦ったりしている心は、
これは悪魔の心だということを知らねばいかんよ。

天使にはこんな心はないよ。
天使はね、自分のほうが正しいからって、相手を叩きつけるとか、脅迫したり、脅したり、
すかしたり、ねえ、いじめたり、こういう心は、天使の心には絶対ありませんからね。

この、自分のほうが強い、偉いということを示さんがためにね、人を非難、中傷したり、脅迫したり、
威圧したり、脅したり、すかしたりする心は、これはもうサタンの心ですよ。

こういう天使は絶対いないからね。
天使はたとえ、悪魔に対してでもそういうことはしない。

天使っていうのは、悪魔であってもね、粘り強く彼らを説得してね、
彼らの心が善に向いていくことを祈って、指導しているんですよ。

これを善導っていうんだ、ね。天使の心っていうのは忍耐強いんだ。
忍耐強く寛容の心を持ってね、人びとを導いていこうとするんだよ。

間違っているからって、叩き潰そうとかね、それをぶち殺してやろうとか、
ひねり潰そうとかね、こういう心はね、天使は絶対に持たないんだ。

だから、こういう心が出てきたらね、もはや自分は地獄にあるということを知らねばいかん、ね、いかんよ。

だから特にね、私の教え引いている者もよくある。
そういう二元論を教えた場合の、これが悲劇なんだな。

善と悪、ねえ、「正法が説かれるときには魔が競い立つ」ということを僕も言ったけど、
だけど魔が競い立っておると見てね、いろんな魔をひねり潰そうなんてやっていると、
自分が魔になっておるということを知らねばいかん、ねえ。

だから、そういう事実的にね、悪霊が入った人もいるが、
それをひねり潰そうとやっている心も、すでにもう悪魔の心であるということを知らねばいかんよ。
天使は絶対そういうことをしないからね。いいかい、よく考えるんですよ。

まあそれが、だいたいおおざっばな地獄論であります。



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地獄霊と修行

さて、そうした地獄があるわけですが、じゃあ地獄霊っていうのは、罰のために地獄にいるのか、ねえ。
罰せられるためにいるんかと、まあこういう問題があると思う。

まあ確かにね、そうした面がないこともない。神様っていうのも、巧妙だからね。
罪はない、罰はないなんて言いながら、まあ確かにやってるところはあるだろう。

というのは、まあ戸塚ヨットスクールなんてあったけれども、ああいう精神障害児を治すためにはね、
力でやったほうがいい場合がある。パンパンと、要するに暴力っていったらあれだけど、腕力でもってやらした方が、
軟弱な精神を立ち直らすっていうことはあり得るんだよね。

体操の教師もそうだよね。猫なで声で言っているよりは、もうパンパンッとやった方がよくきく。
「ほらあ、腕立て伏せ三十回」「いやです」「なに、やらんてか」って、「ほらあ、おれが上から乗ったろか」なんて、
もうペチャッと潰れちゃいますね。

まあこういうのありますが、しごきとかいうのもあるけどね。
まあ、それはいろんな方便の現われ方であってね、やはり厳しく指導した方がいい場合もあるんだね。

愛がそういうふうに現われる場合だね。厳しく現われる場合もある。

ただね、その地獄霊も単に苦しみのために苦しんでいるのではないということね。
自分がもっぱら出しておった念の世界で、生きておるんだ、結局。そうだろう。

泥棒は泥棒の世界で生きているし、他人を非難ばっかりしておった人間は、
お互いに非難しあうような、そういう地獄にいるんですね。

だから、それが地上のとき以上にすごい衝撃力をもった非難だから、向こうが非難すると、
刀が飛んでくるような感じに見えるんだね。

刀が飛んできて、ズボズボズボツと自分の中に突き立つ。
「何を」と思って、その刀を向こうに投げ返す。向こうもズボズボズボツとなるね。
こういうふうな感じになるんだね。

だから、地上で言い争っている連中も、あの世で霊的に見ればね、もう二メートルもある刀ふりかざして、
お互いに切り合いしているような状態だな。まあ、こういうことはあるんですね。

あるいは、なんて言うか、病人なんかでもね、もうマイナスのエネルギーで死んだ人、
もう治りたい治りたい、苦しい苦しい、痛い痛いというような念で死んだ人は、
そのまま地獄でもそういう世界を展開していることがあります。

で、彼らはね、そうした生き方をしておってね、自分自身の姿が、
第三者の目で、見えるようになるまでそれを繰り返します。
それを続けるんですね。

なぜかというと、やはりね、物わかりのいい生徒は、ちょっと言えばね、自分のことまでわかるが、
物わかりの悪い人は、自分で体験しないと覚えないんですね、どうしても。

これが教育における、最後の難しいとこですがね。
やっぱり、いくら言っても、自分で体験しなけりやわからんことがあるんだ、ね。

言うこときかん子供は、おしりペンペンしないとわからんことってあるんだな。
だから、まあ、これは最低限だけどねえ、「いうこと聞かないと、ご飯お預けよ」
って言われてまでしないとわからんような人。

おしりペンペンされないとわからない人。まあ、これはよっぽど聞き分けのない人です
が、こうした人もいることは事実なんです。

彼らは、自分らがいちばん嫌なことを実体験しなければ、悟らないんですね。わからない。こういうことがあります。




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ですからね、地獄霊もまあ苦しみは苦しみかもしれないけれども、その中で彼らなりの、
もちろん修行はあるということなんです。

彼らにとって、地獄霊がね、菩薩界にいることが決して修行にはならないんですね。
こんな愛と慈悲の世界にいても、他の人たちのことが理解ができないんですね。

それはたとえば、豪華な宮殿の中に、あるいはどこでもいいよ、宮内庁でもいいし、
あの天皇のあれでもいいが、あの皇室でもいいけど、皇室の中に乞食が一人いたら、ね、
やはり彼らもお互いに困るんだね。

そういうもんで、乞食は乞食の中で、やはり魂修行をしている。
一流企業の社員は一流企業の社員で魂修行をお互いにしている。

こういうところがあって、自分にふさわしい修行の場でやっぱり磨いてるんだね。

まあ開き直る人がいて、「それじゃああなた、地獄もいい所じゃないか」ってねえ。
「修行があるんなら、それで何がいけないんだ。地獄なんか解消する必要ないじゃないか」
って、こういうふうに言う人がいますね。

「地獄いいとこ一度はおいで、おれも行ってみたいよ」と。
こういう人いるけど、これは考え違いしているね。

たとえばそれは、悟りにおいて小学校一年の人もおれば、小学校六年の人も、中学三年の人もいる、ね。
小学校一年の人は一年の人で勉強があるんだから、それでいいじゃないかというが、そうはいかんのだよ。

やっぱり、一年生は二年に、二年は三年にね、五年は六年に、そして六年終わったら中学校に、ね、
こういうふうに段々と進歩していってくれないと、世の中が良くならないし、本人の勉強にもならない、ね。

一年生でいつまでも留年されたら、たまったものじゃない。そうでしょう。大学も留年増えているけれど、
いつまでも許してくれないでしょう。

あんな大学生、あなた、二十年も三十年もやられてたまるものじゃない、ねえ。
次の人つかえちゃう。そうでしょう。

こういうことであってね、低い悟りの段階でもいいじゃないかとか、
修行の意味があるならいいじゃないかっていうけれども、これは全体の一つの流れを見てないね。

やっぱりね、大いなる進化の過程にあるんですよ、この宇宙と人間の修行もね。
大いなる進化の過程にあるから、いちばん下のやつは下でいいと言うわけにはいかんということなんですね。

そこに入ったものでも、最下級のクラスに入ったものでも、
やがて悟りを開いて上にあがってこなけりやあいかんのです。

こういうふうにできてるんです。
これ教育過程なんですね。

だから、いちばん下からもちろん入ってくるんだよ。だから、地上を卒業してね、
もうすでに大学生の悟りを得ている人は大学に入ってくるし、
大学卒業の悟りを得ている人は大学院に入ってくる、あの世でね。

ところが、まだ小学校卒ぐらいの学力しかない人は、まだそのへんに入ってくる。
幼稚園レベルは幼稚園レベルに入ってくる。
けれども、それでいいとは言わんということです。

やがて年限があれば、それを通り過ぎないかんということなんですね。

だから、全体の発展ということはあるわけでね、地獄でそのままでいいと言うわけにはいかない。

だから、彼らは百年、二百年、三百年と殺し合いをしたり、蔑み合ったりしてるかもしれないけれども、
それも、だんだんにね、やはり自分を知ることによって脱皮してくるんですね。

まあ、そういうことが言えると思います。




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高橋信次の天国と地獄 -天国と地獄- 13  

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悟りの意味

さあ、そうしてみると、地獄霊と修行の話をしてきましたが、
ここで悟りの意味というのをもう一度考えないかんね。

悟りというのはね、昔から修行僧、仏教の中でね、悟りを得たとか、悟ったとか、
いろんなこと言うけれども、悟りというのも一概なものではないんだ。

もちろん段階があるんだ。それぞれの霊的な段階に応じた悟りというのが、やっぱりあるんだね。

そうすると、この地獄の悟りというのは、まあいちばん下の悟りだね。
この中でも悟りがあるんだな、彼らなりにね。

それは、下段界の人は、地獄の中段界に上がる悟りがあるし、
地獄の中段界の人は地獄の上段界に上がる悟りがあるんだね。

いちばん地獄の下段界ってなにかと言えば、この辺がまあ、だいたいサタンの世界だねえ。
サタンの世界でも、まあそりゃあ五百年、千年やっとるのもおるけれど、嫌気がさすというのがあるんだな。

暴力団でも、抜けたいというのがあるだろう、ねえ。
昔の忍者で、抜け忍なんていうのがあって、抜け忍が出ようとすると、
みんなでもう追いかけて、殺そうとするんだね。「抜けさせない」なんてやって。

暴力団でも、抜けるの大変だね。指詰めさすとかね、大変なんだ。
それでも嫌になるときがあるんだね。どうしても抜けたい。この世界から足洗いたい。

散々悪のかぎり尽くしてね、「やっぱりもう、人間としてこれ以上は、耐えられない」というときがあるね。
こういうときは、もう、命を失おうがどうしようが、抜けたいという気持ちが起きるときがありますね。

暴力団でもやめる人がいるんだから。脱サラじゃないけれど、脱暴力団をやる人がいる。
足を洗うというやつだな。

これ、足を洗うというのを感じたときにね、地獄の下段界から中段界へ上がってくるんですよ。
堅気の地獄霊になるんです。

まあいわば、堅気にね、堅気さんになるんだ。
そんな、暴力団結成してね、人を使ってまで相手を責め苛んだりするようなことに嫌気がさして、堅気になる。

だから、この段階は、まあ、嫌気がさすというぐらいしかないんだな、悟りが。
嫌気がさすという悟りがあるんだ、まず。

嫌気がさして、抜けたくなるという気持ちね。

このとき抜けさせないように、もう、みんなで引きずり回したり、叩いたり、いっぱいするんだよ。
こういうことがあります。




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高橋信次の天国と地獄 -天国と地獄- 14  

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どっかの某宗教団体にもあるんじゃないか。気を付けねばいかんよ。
抜けようとしたら、みんなで引きずり回したり、取り囲んだりしてね。

抜けようとしたり、あるいは元役員やっとって辞めた人なんか呼び出して、取り囲んでね、
「おまえは考え違っとる」「抜けさせない」ってね、「うちの本買わないと、帰さん」とかね。

それでよその本読んだら、そんなの全部捨てさせるとかね。
脅迫したりしてるのね。こういう団体はいろんなところにありますが、

宗教も最悪の段階へいくと、こういう脅迫、脅し、もう「抜けると地獄堕ちるぞ」とかね、
こういう段階がありますが、取り囲んだり脅したりするのね。

この段階というのは、このいちばん下なんですね、地獄の。
でも、それでもね、それだけ脅迫されても、「もう地獄堕ちてもいいから、とにかく抜けたい」っていう人出てくるね。
これはまあ、地獄の下段界から中段界へ行く、悟りの段階なんだね。

それで、地獄の中段界へ行って、これでちょっと堅気の地獄霊になってくるんだね。

まあ堅気で、ようするに人をそんなに、集団的にね、殺めようとか、
狂わそうとかいう気持ちは、積極的な気持ちはないが、心の中に、はまだ、悪の想念はあるんだな。

それで、自分なりの清算をつけさせられるね。
情欲のままに生きた人は、情欲の清算しなきゃいかんし、人に悪口ばっかり言ってきた人はそういった世界でね、
しばらく、まあ程度はちょっと堕ちるけど、一対一の世界の中で、そういう修行するんだな。

そして、この段階でね、地獄の中段界あたりで、どうやら自分はね、
あんまり、こうなんと言うか、幸せじゃなかったということをね、痛感するような時期があるんだな。

多少は、「もうちょっと安らぎと幸せのある生き方をしても良かったな」っていう、まあちょっと軽い反省だな。
これが出てくるときがあるんだな。

「もうちょっと、幸せというのを考えてよかったんじゃないか、おれは。
何か考え方の軸がずれとったんじゃないか」、こういうふうに思うことがあります。

これが、地獄の中段界から上段界へ上がってくるときなんですね。いいですか。

こういうふうな、自分を振り返り始めたら、抜けたいというだけじゃなくて、振り返りはじめたら、
地獄の上段界ぐらいまで上がってくるんです。スウーッとね、上がってくる。

まあここでもまだ、もうちょっと暗いとこでね。
いろいろ、まだあんまり幸せじゃありませんが、地獄の上段界、上段界というか、
うわべのほうへ上がってくるとどうかっていうとね、天国へ行きたいっていう気持ちはもうあるんですね。

この辺いくとね、天国行きたい気持ちがある。
ただまだそれが、どうやったら行けるかはわからない、ね。



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地獄の上の方では、天国行きたい人いっぱいいるんだな。
ただ、どうしたらいいかわからない。

それで、時どき来る光の天使の声に耳を傾けたり、いろいろするんだけど、
まあ、この上段界あたりで反省ということが始まっているんだな。

「どうやら、自分は肉体中心の生き方をしてきたらしい」。あるいは、
「どうやら自分は、霊というものについて全然理解がなかった。どうやら自分は、愛ということを全然やらなかったな。
自分はどうやら、人の幸せなんか、考えたこともなかったな」。

自分中心であったということの反省が始まるのが、地獄の上段界ですよね。
これもちょっと時間かかりますが、これで自分の、この自己中心的な生き方、これを反省して、

「人間の本当の生き方はそうじゃないんだ」、また、
「人間は霊的な生き方するのが本当だったんだな」っていうのがわかってきたときがね、
これが地獄から抜け出す最後の段階なんです。

ただここから抜けるのまだ、容易じゃないよ。やっぱり勇気がいるんだ、逆にね。

それで天使が来てね、「わかった、それじゃあおまえも天国行くか」って、引っ張っていくんだけど、
まだ仲間がいてね、日本人は嫉妬の社会でございましてね、抜けようとするのが出てくると、足引っぱるんだな。

「おいおい、危ないぞ、あれ天使の格好しているが、本当は違うかもしらん、危ないぞ。
あれ悪魔かもわかんないぞ。もっと深いとこ行くかもわかんないぞ」ってね、
足引っ張るおせっかいがおるんだな、上段界でも。

そうすると気弱になってね、「そりやそうだな、もっといい世界も行きたいが、
やっぱりここの世界も悪くないし、まあ、仲間がせっかくいるんだから、一緒にいようかな」と思ったりね、
こういうのがある。

まあ、宗教団体でもあるけど、浅い地獄にいる宗教団体なんかでね、
やっぱり仲間でいるのがいいんで、抜けるとなんか、改宗したりするとやられそうな気がしてね、
脅されたりするとやっぱり気になるね。

こういう弱い、気の弱い地獄霊たちがおるんだな。
まあ、こういう世界というのがあって、そこで勇気がいるんですね。

だから地獄から抜け出すための、悟りっていうのはね、一つには勇気です。

単に知るだけではちょっと難しいですね。霊的な自覚はいるし、
自己保存がいけなかったことも知る必要があるけれども、もう一段勇気がいるんですね。

勇気を持ってね、「自分が立ち直ろう」と、
「こんな世界はやっばり脱しなきゃいかん、しゃばに帰ろう、天国に還ろう」っていうね、

そういう勇気です。この勇気の原理がないと、天国には上がれないんですね。
ここが難しいとこですね。だからこうした勇気が出てくることが、本当の悟りといえる一歩でしょうねえ。

こうして、四次元地獄界から、まあ、四次元の幽界の方に上がってくるんですね。

まだこの中では、それほど悪じゃないけれども、まだ善悪がごっちゃ混ぜになったような世界が展開してるんだね。

まあ地上でもいるはな、あの人は良いとこもあるけれど悪いとこもあるというような人、いるでしょう。
ここは良いけど、あれがちょっと我慢ならないというような人、いっぱいいるでしょう。

こういう人、だいたい幽界におるんだ。特に地獄まで行かんような人はね。

ここは良いけど、ここは気に食わないっていう人いるね。
よく仕事はできるんだけど、うるせえ、とかね、口がうるさくってもう我慢ならないとか、
そういう人もいるだろうし、まあ、いろいろあるでしょう。

こういう人がだいたい、幽界行ったりするんです。



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