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神理の発見

私たちが生きていく上で一番大切なもの、そして真の幸福へと導いてくれるもの
もしそうしたものがあるならば、それは本当の意味での宝かもしれません。
それが誰によって書かれていたとしても、たとえわずかな期間に書かれたものであったとしても
その中に神理の光が宿っており、真に人々を幸福に導く法であるならば
それを後世に残していくことが使命であると思いこのブログを立ち上げてみました。
これからすばらしい神理が発見できれば、ここにて紹介してゆこうと思っております。

卑弥呼の霊言 -紫式部の霊訓 あの世での生活様式- 1  

卑弥呼の霊言128-184



あけましておめでとうございます。
本年も、どうぞよろしくお願いいたします。

今年も、みなさまのかてになる内容を投稿させていただけたらと思っております。

本年第一回といたしまして卑弥呼の霊言の中から紫式部の霊訓を紹介させていただきます。
昨年、紫式部の霊訓を紹介させていただいておりますが、今回はその第2部となります。
人間死んだら終わりではなく、永遠の生命を持った存在です。
あの世での生活実感を少しでも感じ取っていただけたら幸いです。

どうかご一読よろしくお願いいたします。


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「清少納言」とは別の世界、でも逢う時は十二単衣で

紫  紫式部です。

善川 先般あなた様をお招きしたのは、もう二年前にもなりますか、
   その節は私どもの都合で充分なことをお伺いできないままで大変失礼いたしました。
   今日またやっとお目にかかることができて大変うれしく思います。またよろしくお願いいたします。

紫  先般は私も大変失礼をいたしました。

善川 実は、只今ご承知かと思いますが、清少納言様をお招きいたしまして、
   いろいろそちらのご様子をおたずねしようと存じまして、お話しかけたのですが、
   意外なことに、全然話が通じませず「此処は何処なのですか、あなた方はどなたですか、
   その姿、衣裳はただ者ではない、さては物の怪の類でありましょう」と申されるのには閉口いたしました。

紫  まあそれが、普通でございます。

善川 しかし、あなた様とは時々お会いになっているのではないですか。

紫  時々は私の方から行っておりますし、彼女の気持ちが伝わった時に
   私が現われることにしているのですけれども、でも同じ世界に住んでいるのではないのです。
   でも彼女にとっては、同じ世界に住んでいないということは分らないのです。

善川 そうですか、その為ですか、私がお話しましても、不思議がって全然意味が通じませず
   困りましたが、あの方は、あなた様よりは下の階にお住居の方のようですね。

紫  と、言ってしまえば失礼に当たりますけれども、少なくとも私は、霊というものは人霊と、
   それと神霊とに分かれるものと思っております。人間として生命を受けていたりしても
   その後人霊として生き続ける霊(注、五次元の霊界、四次元の幽界など)と、
   神霊、神様の仲間入りをした霊(注、この場合は六次元の神界)と、いうふうに分かれるわけですが、
   すくなくとも私は、神霊という世界に入っているわけです。神霊というものは、
   自分が神の子であるということを知っているということなのです。それが条件なのです。

善川 はい、そうですね、あの方はまだそれが判らないようですね。

紫  そうです。まだ人間として霊界に生きて居られるということです。私はもうあなた方の
   時代のことも知っていますし、私達が生きていた時代が遥かに去ったことも知っております。
   そしてあの方のような時代がかった服装しているわけではなくて、今日も非常にモダンな姿で、
   こんな服装であなたにお会いしております。

善川 あゝそうですか、まああなた様はそのようなお方で時代というものをご理解して頂いて
   いるので非常に話がし易いということで有難いと思っております。

柴  ですからあの方とお逢いする時は、私は何度も平安時代の服装をしてですね、
   その格好で逢いに行くわけです。ところが私の世界では気儘です。
   この冬は今、ロング・スカートが流行っているのです。長いスカート履いています。
   黒を基調としたスカートが流行っているのです。それを履いています。 -はい。

善川 あゝそうですか、ところであなた様のお近くにはいまどんなお方がいらっしゃいますか・・・

紫  あなたのご存知になるような方はいらっしゃいませんわ。

善川 そうですか、大体あなたが生前にお交際されていた様な方とご一緒なのでしょうか。一

紫  少しあなたの言っていらっしゃることが判かりませんわ。

善川 例えば宮仕えされていた折りの歌人とか、そういうお方がたと。

紫  そんなことはありません。私は私で自由奔放に生きているわけですから、
   私の世界があるわけです。そのような宮なんていうものは、今の時代にはもうありません。
   私はこの前にあなたにお話したはずです。
   私はちょっとした郊外のようなところの一戸建ての家に住んでいるのです。
   そして時にお買い物に行ったりいろんなことをしているわけです。

善川 そういってはなんですが、あなたと、清少納言様との間にみられる心の格差、開きですね、
   これは生前からの開きでしょうか、それとも死後の修行の過程での開きが生じたものでしょうか。

紫  そのようなことは私には分かりかねます。何かあなたの言っておられることは、
   本当にお坊さんみたいですね、どうやら私達の世界にはあまり合わないですわ、
   あなたのお考えというのは非常にお古くて、もっと新しい時代に私達は生きているのです。
   あなたのようなお古いお考えの方はちょっと少ないですわ、私達の世界には、心の開きなんて、
   そんな古い言葉私初めて聞きましたわ。

善川 そうですか、これは恐れ入ります。まあしかし、私がお話してもあなたとは通じ合うんですが。

紫  それは私は、あなた方がなさっておられることの意味が分かっているからです。
   また私は霊と、人間との違いも知っていますし、私たちが生まれ変わって、生まれ変わり、
   生まれ変わりこの世に出ていることも知っていますし、私よりも上の神様のことも知っていますし、
   天国、地獄のことももちろん知っているわけです。ですからそうですけど。
   ただあなたのお考えはすこうしお古いように思います。

善川 まあ古いといえば古いんでしょうね、しかし、あなたとあの方、清少納言様とが
   それだけの開きがあるということが -- 同じようなお仕事をなさっておられたように思いますけど。

紫  それは分かりませんわ、あなたが感じたままです。

善川 まあそうでしょうね、あなたがご他界されて、そちらの世界へ行かれて、
   修行というとまた古いと言われますので、まあ勉強されてそういうところまでお考えが進んだのか、
   それとも以前から……。

紫  私はね、元居たところに還って来たのであって、
   私の元居た家には標札だって懸かっていたんです。
   もちろんその家も改装して新しいものに変えておりますけれども、帰って来た時には、
   ちゃんと私の家には標札が懸かっておりました。帰るべき家があり、
   家族達、古くから一緒に住んでいた人達も居たんです。大きな家にはね、
   今は私は、もう核家族の時代ですから、ええ、独りで親元から離れて住んでいるわけですけど。

善川 清少納言さんはどんなお住居におられるのですか。

紫  昔自分が生きていた時代と同じようなところに住んでおられまして、まだ、死んだ時にですね、
   それも分らないような方々、女中さん達ですね、当時の宮仕えしていた女性の方々と
   未だに一緒にお住みになっておられるのです。その方々の大部分はあなたもご存知ない方々です。

善川 そうでしょうね、あの方々に対して、現在自分が置かれているいる環境というものが
   どういうものであるかということを、お教えするような方はおられないのですか。

紫  それはいろんな方が行って、なさっておられますが、
   でもあの世界はあの世界でいいのです。この霊界というもの、広い意味での霊界というものは、
   決してあなた方の現象世界の進度に合わしたものでなければいけないというものではないのです。
   あなた方にとっては今であっても、霊界においては平安時代もあれば、鎌倉時代もあるのです。
   あなたは鎌倉時代という時代にお生まれになったことがあると、私は聴いておりますが、
   今も霊界には鎌倉時代もあるのです。武士達が、まだ鎌倉武士達が争いをしている地域もあるのです。
   こういうふうに、私達の世界というものは、過去も未来もー緒くたに入っているのです。
   ですから、それぞれの人が、それぞれの意識に合わせた処に住んでいるのです。
   私は丁度、あなた方が現在居られるような時代に合わせたぐらいが自分の住家としたらいいと思うので、
   それに合わしているだけなのです。ですから平安時代がいいと思う人は平安時代に生きているのです。





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卑弥呼の霊言 -紫式部の霊訓 あの世での生活様式- 2  

卑弥呼の霊言128-184


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「源氏物語」を書いたのは竹の簀子、霊界では念で印刷製本

善川 いまあなた方は、先般もお聴きしたような毎日の生活を単に平板に送られているというのではなくて、
   たとえば、何か興味を持った方面のことの、ご研究とかをされておられますか。

紫  私がいま興味を持っているのは、人間の心の美しさ、人間関係、人と人との出合いの中で、
   どのような時が美しいか、また恋愛感情の美しさ、
   そういった人間が美しく見える時の感情は何かというようなこと、
   こんなことを、物の本にも書いてみたり、自分でも興味を持って観察したりしているんです。
   人間には美しくみえる時があるんです。どういう時が美しいでしょうか、
   それは相手を好きだと思う時です。そういったことを私は関心をもって今みております。

善川 現在何か書き物をされていますか。

紫  して居ります。勿論いろんな書き物をしております。

善川 そういうものは何か発表機関というものはあるのでしょうか。

紫  あります。私の住んでいる「邑」といいますか、ちょっとした町ですけれども、
   それは文学者の町というところで、ちょっとした郊外のような所なんですけれども、
   そこにはいろんな作家達、時代を超えてですね、まあ外国の方もいらっしやいます。
   そういった方々がいま一つの町を作っています。
   そこで書き物をしてはね、お互いにサークルを作っていますから、
   いろいろと私達でも会が分かれるのですけれども、趣味の合う者同士が集まっては、
   小説を書いたり、いろんなものを書いて、雑誌を作って回覧したり、いろいろしているわけです。

善川 印刷機というものはありませんか。

紫  印刷機はありませんが、印刷なさる方がいらっしやいます。
   その方は何といいますか、機械を使って印刷するわけではないですね。
   そういった「念」でもって印刷をするのが得意な方が居るわけです。
   ですから私は書き物をした。書き物といってもこれはあくまでも、
   肉の眼で分かるような形での表現ですけれども、勿給原稿用紙のようなものはあるわけです。
   それに書くわけですね、それで一冊の書物が出来ちゃう。そうすると、その印刷をされる人の所へ持って
   行って『これ書物にして下さい-。』と言うと『わかりました。』という形でその方は、
   自分の仕事部屋へ行かれるのです。仕事部屋で原稿用紙を積み上げられて、

   それを何て云うんですかね、念ずるわけですね、これを一冊の本にしたい、という感じで
   念を集中するわけです。

   何分ぐらいでしょうか、二、三分でしょうか、二、三分ぐらいその人が原稿用航を積んで、- 
   (これが書物になりますように)と、念ずると、なぜか机の左側には、出来上った書物が来ているという、
   こんな形なんですね。
   
   で、前にもお話したように思いますが、私達の世界は“念”で出来ている世界です。
   その念で出来ている世界ですけれども、やはり得意、不得意というものがあるのです。

   例えば、私は頭でものを考えて、物語とかそういうものを作るのが得意なんですね。
   ところが、そういった本を作ったりするのは、私には出来ません。
   そういった能力持っていないのです。
   ですからそういったことの得意な方が、またいらっしやるのですね。

   ですからそういった原稿用紙を「念でもって本に造り変える。そういった転換ですね、
   原稿用紙に書かれた文章、物語というものも、一つのこれは念の集積でありますけれども、
   これを、別の書物というもに置き換える。これは念の転換ですね、こういった方が居るんです。

   けれども、彼が出来るのは、その原稿用紙の束を書物に換える、こういった仕事だけなんです。
   彼はそこまでなんです。その出来上った書物を又、違う人の所へ持っていくわけです。
   又、専門家が居るんです。この方は、それを複製する専門家なんです。

   よろしいですか、その方はその、例えば自分の仕事部屋、片方には倉庫みたいなのがあるのですけれども、
   そこでその出来上った私の本ですね、例えば何でもいいですよ、
   『紫式部愛の生涯』という題をつけたとしましょう -紫式部愛の生涯- というので、
   私の出合った男性の中で、愛した男達の話を書いたとしましょう。
   この本が一冊、その男のところへ持って来られます。

   そうするとその男はまた一生懸命、これを、たとえばね、あなた方は書物を出されているそうですが、
   これを一万部造ろうと、まあそんなにグループの人口居ませんから、本当は百部ぐらいですけども、
   百部なら -百部造ろう- と、こう念ずるわけですね。
   そうすると右側の方に、机の右側にドドド、と、百冊の本の山が出来上っちゃうわけです。山がね、
   
   で、出来上った本をまとめてこれは又、出すわけですね、
   そうすると、またこれを配達する方がいらっしゃるわけです。
   またその配達する方は、配達専門で、私達の住んでいる町のこの本が欲しい人がリスト・アップされていて
   注文が来ているわけです。そこへ届けます。こういった役割分担になっているのです。

善川 なる程、そういう仕組みになっているのですか、いやいろいろ参考になりました。
   ところで今のお話に関連していることなのですが、それはあなたがご生前中に『源氏物語』を
   書かれましたが、この時にはあなたの原稿を、どのようにして印刷製本されたのでしょうか。

紫  これはねえ、必ずしも今のように紙に印刷していたのではないのです。
   当時は、竹を綴った書き物があるのです。竹をそいだものをこのように綴りましてね、
   これで一つの巻物のようなもの造るのです。
   こういったものを私達の時代には、別に大した仕事もありませんから、
   特に宮中というのは閑な - 閑といってはあれですが、時間がありましたから、
   たとえば私がそういうもので「物語」を書くわけです。
   そうすると、それを読んだ人が面白いと思う人がまた筆写するわけです。
   そういう形で筆写して愛蔵の書物というのを作るわけです。
   そして好きな人がまた、それを回覧したり、私も貸して上げましょうかという形で読んだりするわけです。

善川 はあ、竹のね、竹の“簀子”のようなもの編んだものに書いていたのですね、
   そうすると紙というものはなかったのでしょうか?

紫  そうです。そういうもので作っているのです。-紙ですか、紙はあります。
   ないとはいいませんが、それは高級なものであって、
   中々今のように原稿を書いたりするようなものではありませんでした。

善川 あゝそうですか、では書物というものはなかったのですね。

紫  巻物のような形はある意味ではあったわけですが ー。
   紙というものは非常に高級なものでしたので、ないわけではありませんけれども、
   そうした竹を綴り合わしたようなものに、『物語』はほとんど書いていたのです。





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卑弥呼の霊言 -紫式部の霊訓 あの世での生活様式- 3  

卑弥呼の霊言128-184


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平安期の語り言葉は今の京言葉に近い

善川 そうですか、それといま一つお尋ねしたいのは、いまあなたは現代語でお話して頂いているのですが、
   いわゆる万葉語といいますか、あなた方が、ご生存中に使っておられた言葉というのは、
   今とは全然違うのでしょうか。

紫  そんなに変ったものではありません。もちろん人に対する言い方とか様々ありますけれども、
   話し言葉自体はある程度、今のあなた方がお話になっても判る程度の言葉であったと思います。

善川 書き言葉は違っていたわけですね。

紫  書き言葉は勿論全然違っています。話し言葉は、ある程度今のあなたであっても多少の
   会話はできるぐらいの内容だと思います。

善川 まあ話し言葉は、どちらかというと京言葉に似ているのですか、

紫  そうですね、都ことばですね、今でいえば関西風の言葉です。
   僅か千年ぐらい前の言葉ですからそんなに変わることはありません。

善川 ただ書き言葉が違っていて、あなたが書かれた『源氏物語』も現代語訳をつけないと、
   中には一般には理解できないところがあるということですね。

紫  それは大変申し訳ないと思いますが、ま、それは時代、
   時代のことでありますからよろしいではありませんか。

善川 それはそれで結構ですが - あなた様は先程お聴したような環境で、
   毎日有意義なご生活をしておられるということで、それを具体的にいろいろお教え下さって
   非常に参考になりました。ありがとうございました。
   私達は今、天上界の日本の神々や、聖賢、高僧の方々のお教えを拝聴して、
   私どもの今後の行動指針となるべきものとして勉強させて頂いているのですが、
   今一つそちらの世界の皆様方の生活様態というものをお聴かせ願いたいと思っておりましたところで、
   あなた様からは非常に写実的にそちらのご様子をお知らせ願って感謝致しております。

紫  私の話がお役に立てば幸いです。けれども、これは私が現在居る私達の世界であって
   これが総てではないわけですね、私はいま人霊と、神霊があると申し上げました。
   私達は一応神の世界に分類される世界に居ります。
   けれども私などはまだまだ下の方でございます。
   もっともっと上の方が沢山おられます。その世界のことについては私は存じません。
   むしろあなた方の方がご存知のはずです。私が語れるのは私が住んでいるあたりの風景、
   世界のことだけであります。





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卑弥呼の霊言 -紫式部の霊訓 あの世での生活様式- 4  

卑弥呼の霊言128-184


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生まれ変わりのメカニズムと私の失敗

善川 それで、いま一つお伺いしたいのですが、今あなた方のお住居になっている世界から、
   この三次元の地上界、かつてあなたもご経験された私達が今居る世界ですね、
   この地上界へいま一度再出したいというご希望があれば出られるのでしょうか…。

紫  はい、出られます。

善川 ということは -、

紫  今はね、今はこの日本国というのは人工流産というのが非常に流行っていますわね、
   私も母胎に宿ったことがあるんですけれども堕胎されてしまったんです。

善川 はあそうですか、ちょっとそのことについておたずねしたいのですけど、
   その場合のあなたの意識というものは一旦消えてしまうのですか。

紫  一旦はね、消えてしまいます。勿論おっしゃるとおりです。ただ私の場合は地上に出てくる、
   つまり、人間として生まれて死んだわけではありません。人間として生まれて死んだ場合はね、
   非常に長年かかって霊界でも大人になっていくのです。いろんな守護霊、指導霊に教わってね、
   けれども私は母胎の中で、流産しましたので、ですから戻ってきた意識は紫式部の意識です。

   そのものです。すぐ大人です。子供ではないのです。要するにあなた方の世界の空気を一口でも吸うと、
   もうあの世の人間になってしまうのです。私達からみればあの世の人間として生まれたということなんです。
   籍が別になってしまうのです。

   ですから一旦地上に出て直ぐ還って来たものはまだ赤ん坊のままですね、霊として、それで身内の者とか、
   いろんなものが大きくなるまで育てることになるわけです。ところが、私みたいに人工流産、
   堕胎された場合には、直ぐ元の世界に還って来るわけですね。

   で、この場合に言って置かなければならないことは、いま日本の国では流産、人口流産、
   といいますか堕胎というのが流行っております。これ非常に迷惑です。
   私達の世界にとっては迷惑です。みんな因っています。どうか言って下さい。

   一年に何百万人もの方が堕胎されています。こういうことをされると私達は予定がつかなくなるのです。
   この地上で魂の修行しようとして生まれて来ようとするんですけれども、
   予定に反して堕胎されてしまうと狂ってしまうわけですね、大変因ってしまいますし、また苦痛でもあります。

善川 この場合にはあなたの守護霊と申しますか、そういう方と予めご相談するということはできないのですか。

紫  しますよ。しますけれども地上界では地上界の方でのお考えがあるわけですね。
   私達だけの考えでいくわけにはいかないのですね。私達の考えと、
   地上界の両親となるべき人の考えが一致してはじめて、
   私達は地上に生命を享けて生まれることができるのです。
   ですからいま避妊ですね、避妊はまだいいでしょうが、人工流産というの、堕胎というのは、
   これはどうか止めて頂きたいのです。私のように計画が狂った者もおります。困るんです。

善川 そうですか、まあしかしあなたは紫式部さん、という状態でお還りになられたからいいけれど、
   そういう赤ん坊で還された場合は、これは大変な苦労を背負わされるということですね。

紫  そうです。苦労してしまいます。

善川 しかし一説によりますと、生後七才ぐらいまでの間に他界した者は
   例外なく高級霊だと云われていますが。

柴  それは間違っております。そういったことはありません。
   七才までではどのような人生修行をすることもできません。
   それで高級霊のはずはありません。

   高級霊というのはどういった段階の方を指されているのかは知りませんが、
   すくなくとも私達よりも上の階に居られる方を高級霊というふうに称んでいいとするならば、
   彼らは無駄足を踏むということはありません。

   彼らはそれぞれ使命を持って生まれて来ています。
   勿論幼くして死ぬことはあります。それはたまたま生まれて来た両親の肉体、
   母体が十分強くなかったために、子供としても肉体的に成熟することができなくて死んでしまう場合とか、
   あるいは不幸にして病気にかかる場合、こういったことで残念ながら還ってくる人もいますが、
   高級霊は少ないということです。

   高級霊になる程ですね ー あなた方は生まれてくる前に、予定とか、計画とかいうことを
   聴いたことがあると思います。高級霊になる程予定とか、計画とかいうものがはっきりしているんです。
   彼らははっきりしています。

   私らの段階になると、まあある程度は目的は絞れますが、
   そういう全体の人生計画というのはむつかしくなって来ます。

   大まかなことは分かります。たとえばどういったところに生まれて、こういうことを職業として、
   こういう人とめぐり合って生きたいと、こういったことは或る程度計画はつきます。
   けれども、もっと下の世界に行くと、段々分らなくなってくるのです。

   霊界の下段階から幽界ぐらいの方になってくると、どこの地域に生まれる。どういった家庭に生まれる。
   これだけの選択しかできない方々も居るんです。これ以外の後はどうなるか分らないのです。
   こういった方々、幽界の方とか、霊界下段階の方の生まれ変わりの場合には、
   自分の両親を選ぶという段階では選択ができるのです。これも運命といえは運命です。

   そうでしょう。そこまではできるんですが、その後の人生がどうなるかは、彼らには絶対分かりません。
   私ぐらいの階層に居る者は、生まれ変わる時に勿論両親は選びます。
   そしてどういう環境かよく見定めます。そしてこういう職業を、例えば私であるならば、
   小説家か、文筆家になりたい。こういうことを考えます。

   そしてたとえば、こういう人とめぐり合って、こういう一生を送りたいという計画を立てます。
   これはその通りには必ずしもいきません。
   七割ぐらいです。七、八割は大体予想通りの生活を送ることができます。





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卑弥呼の霊言 -紫式部の霊訓 あの世での生活様式- 5  

卑弥呼の霊言128-184


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   私の上の方々になると、もっと計画が精密になってきます。ほとんど狂いがなくなってくるのです。
   例えばあなたのような魂の方であるならば、仏法の伝道ということ、これを果たさずして還るということは、
   まあほとんど九九パーセントはあり得ないことなのです。
   必ず果たされるのです。ただその果たし方が、いろいろと変ってくるのです。
   
   あなたの個人の努力によって、あるいは環境の変化によって - ただあなたの目的と結果自体は、
   恐らく九九パーセント成就されるこにとになるのです。

   ただ、その質とか、巾とか、そういったものが個人によって味付け、色つけが違ってくるんです。

   如来界の方になりますと、もうほとんど当たり外ずれはありません。
   ほぼ百パーセント予定通りになって来ます。

   それで、霊界下段階、或いは、幽界でもまあ上の方の精霊界といいますか、或る程度悟った方々は、
   両親を選んで生まれ変ってくる。或る程度の環境を定めて来ますが、もっと下になって幽界の段階ですね、
   
   何とか死んだということが分かったぐらいのレベルの魂、こういった魂はまた、
   この地上界の波動に引き寄せられて生まれ変ってくるんですが、このような場合は、
   両親さえ選ぶことができない人も居るんです。

   要するに自分の持っている波動に近いところに生まれてくるんですね。
   たとえば、自分が生前お酒が非常に好きだったとすると、そのお酒の臭いというのが忘れられないのです。
   そうするとお酒の臭いが漂っているような家ですね、
   こういった家庭になぜかスーウッと引寄せられていくのです。
   両親の名前も何も知りません。お酒ということに引かれて生まれてくる霊があるのです。
   
   よろしいですか。また生前、お金に対してものすごく執着を持っていた霊があります。
   この人は死んでまあ、地獄に堕ちたとしましょう。
   或る程度心の垢を落として幽界の下段階まで上って来ました。
   この方がまたお金のジャリ、ジャリという音に引かれて生まれ変ってくることがあるのです。
   これはお金持ちのところだけをねらって生まれ変ってくるのですね、その波動に引かれるんです。
   けど両親の名前も何も知りません。ただ生まれていくだけです。
   
   そして、下段階に居る人は、往々にして生まれ変わる時期、周期(サイクル)が早くなることがあります。
   なぜなら、地上に近いところに居るため、地上の波動に引かれ易いのです。共鳴し易いのです。
   波動が共鳴すると、直ぐ生まれ変わっていくのです。

   こういうふうに今あなた方は、指導霊達から -人生というのは目的計画があって予定通り進むんだ- 、
   ということをいろいろ教わっているでしょうが、それは高次な方ほどそうであって、
   その目的、計画も段々に下に行く程、不明確、不正確になってくるのだと、いうことなのです。

善川 まあ、あなたほど存知ないかも知れないけれども、以前ある女の方の“霊界通信”で、
   その生まれ変わりの仕方について話されましたが、その時期が来ましたなら、守護霊によって、
   とある断崖のところまで連れて来られて、そこから池のような所へ、身を投げるような気持で飛んだら、
   次ぎにこの世に生まれ変わるんだというようなことを申されました

紫  “生まれ変わりの池”のことですね、そういう方もいらっしやいます。
   けれども、そういう方は、この現象界に生まれ変わってくるということに、
   或る程度の抵抗と恐怖心を持っておられる方なのです。そういう方には、そういった、
   “生まれ変わりの池”とかですね、そういったものが必要なのです。

   で、思い切ってこの世界に住んでいるという執着を絶つためにそういう場所があるんです。

   ところが、私などは、或る程度こういった理性的に物事を考えるタイプですので、
   生まれ変わる時は、もう自分の意志で決めるわけですね。

   これは役場みたいなところがあるんですね。《生まれ変わり局》みたいな所があるんです。
   ここへ申請するんです。番号とりましてね、たとえば一年ぐらい前から申請するんですね、
   何年何月頃に生まれ変わりたいと、所は、日本のこういうところであると、希望両親先としてはここであると、
   この方々を第一希望にします。ここがうまくいかない場合は、第二希望としてここを希望します。
   こういうふうに希望を出します。

   そして生まれていったら、こういう職業につきたいとか、いろいろそういったいわゆる「志望票」ですね、
   志望カード、こういったものを出すんです。それでその役所で、それが整理されまして、分析されるんですね。
   で、第一志望通りいく時もあるし、第一志望の両親を他の方に取られる場合もあるわけです。
   そうすると第二志望の両親で締めるとか、
   或いは第三志望であるともう生まれ変わりたくないと思うと届を願い下げをして諦めるとか、
   また別の機会を待つ、こういうことをするわけです。

   その役所の中には、この地上にあるコンピューターも入っておりまして、
   そういったものもちゃんと分類されています。

   ですから私のような現代的な意識を持っている人間にとっては、
   そういった役所のような《生まれ変わり局》みたいなのがあって、コンピューターで情報処理をして、
   それでデータに基づいて生まれ先を決めるんですが、
   こういった意識を持っていない方、また古い時代の意識でおられる方には、そういう方には、
   そういった古式ゆかしい“生まれ変わりの池”とかですね、そういったものが用意されていて、
   あくまでもその意識に応じた世界が現ずるというのが私達の世界なのです。





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