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神理の発見

私たちが生きていく上で一番大切なもの、そして真の幸福へと導いてくれるもの
もしそうしたものがあるならば、それは本当の意味での宝かもしれません。
それが誰によって書かれていたとしても、たとえわずかな期間に書かれたものであったとしても
その中に神理の光が宿っており、真に人々を幸福に導く法であるならば
それを後世に残していくことが使命であると思いこのブログを立ち上げてみました。
これからすばらしい神理が発見できれば、ここにて紹介してゆこうと思っております。

空海の霊言 -一念三千-  

空海の霊言―天台大師・恵果上人の霊訓と共に


みなさまは日々、どのような心でもって、念いでもって生きておられるでしょうか。
今日は、人の心と一念三千について考えてみたいと思います。

このような心でもって生きておられる人は、現代では非常に多いかもしれません。

それは、常に怒りの念いがうずまいているような人、攻撃的な言動で、いつもまわりの人を
責めさいなんでいるような人、そうした人は、破壊と闘争の世界である阿修羅地獄に通じています。

あるいは、ヘビようにしつこく、しつこく人を恨み、心の中が妬みと嫉みで満たされているような人
そういう人の霊体は、すでに人の姿をとっていないかもしれません。

あるいは、心の針が色情の方向に固定されると、その念いはあの世の色情地獄に通じてしまい
その針を伝って、地獄の亡者がその人の心に入り込み、亡者の情欲をはらす道具に成り果ててしまいます。

しかし、このような人もおられることでしょう。
念う事、常に善であり、その心の針は天国の善人界に通じており、あの世の友人や守護霊が
常に語りかけているような人。

あるいは、また、
世の中の役に立つために、神の心を探求し、そうした自己を造るため、日々努力精進しているような人
そうした人は、天国の神界に通じているのではないかと思います。

大いなる神仏の愛に感謝し、その恩に報いるため、己を捨てて世の人々を救うため
おごらず、高ぶらず、日々人助けに邁進しているような人、そうした人の心はすでに
天国の菩薩界に通じ、生きながらにして菩薩の境地にあります。

あるいは、神仏の心、正法神理を世に伝える事のみに心の針が定まり、常に心清く正しく
万人が手本にするに恥じない生き方をしているような人、その人の心は、すでに生きながらにして
如来界に通じ、天上界の諸如来が、つねにその人を指導している。

このように、人の生き方、心のあり方はさまざまでありますが、こうした心の針というものは、
それと相通じる、天国地獄へと即座に通じてしまうのです。

天国地獄は、死んであの世にあるのではなく、この世にあり、この心にあり、念いの中にあるのです。
人の念いは、すなわちこれ一念三千、あの世の天国地獄に即座に通じてしまうのです。

こうした事実を知ったならば、私達は日々止観し、心を静め、その一日を、その人生を振り返り
その心と行いを正してゆかねばならないのです。

天国地獄があの世に還ってからではなく、この世に生きている人間の心の中にあるからこそ、
この世で生きたときの心が、そのまま、あの世での生き方を決めるからこそ、私たちは神仏の心を心として
その心にあわせるべく、心と行いを正していかなくてはいけないのです。


category: 空海の霊言

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