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神理の発見

私たちが生きていく上で一番大切なもの、そして真の幸福へと導いてくれるもの
もしそうしたものがあるならば、それは本当の意味での宝かもしれません。
それが誰によって書かれていたとしても、たとえわずかな期間に書かれたものであったとしても
その中に神理の光が宿っており、真に人々を幸福に導く法であるならば
それを後世に残していくことが使命であると思いこのブログを立ち上げてみました。
これからすばらしい神理が発見できれば、ここにて紹介してゆこうと思っております。

神霊界入門 -無頼漢地獄-  

神霊界入門128-181



前回は「スウェーデンボルグ霊示集」ということで、
天界での生活のありかたについて紹介させていただきました。

今回は、趣を変えまして、地獄とはいったいどのような世界なのか
そうしたことについて、紹介させていただこうと思います。

地獄も広大無辺のようで、さまざまな世界が出来上がっているようですが、
その中でも、代表的にものについて説明させていただければと思います。

「神霊界入門」という書籍のなかで、小桜姫というかたが、
そうした、地獄界について具体的に、わかりやすく説明してくださっています。

では、今回は第一回として「無頼漢地獄」を紹介させていただきます。
数回にわけてさまざまな世界を紹介いたしますので、ご覧になってください。

では、以下が本文です。



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さて今度は、「霊界における地獄霊の救済」というテーマでご報告をいたしたいと思います。

難しいことを書くことを苦手とする小桜にとっての唯一の強みは、
こちらの世界に来てからの体験だと思います。

これだけは他のだれにもお譲りすることができない、私だけの宝物です。

でもこの宝物をみなさまにお見せしたからといって、少しも値打ちが減るものではありません。
ですから今回も、小桜の体験を中心に語ろうと思います。

体験だけでは間延びした文章になりかねませんので、時折、
小桜らしい教訓を付け加える非礼をお許しください。

ここでみなさまにお話しすることは、ここ百年ぐらいの間に、
小桜が何度か指導霊に連れられて地獄の世界に行ったときの話です。

地獄の世界がどんなものなのかは、地上におられるみなさまも、昔話には聞いておられましょうが、
ほんとうのところはどんなものかと、ずいぶん興味をお持ちでしょう。

あるいは、もう人生の大半を生きてきて、年齢的にも信仰深くなってきている人は、
もしかして、自分は地獄に堕ちるんじやないかしらんとソワソワとしはじめたころかもしれません。

ここで述べるのは、あくまで小桜の見聞した地獄であって、
地獄も広大無辺のようですから、何千年かかってもわかってしまうことはできないようです。

ではお待ちかね、第一の地獄にご案内いたします。

無頼漢地獄

ここは、地獄でもまだ浅い地獄です。空はうす墨色で、日没後か、夜明け前のような感じです。
周りの景色はうすらぼんやりはしていますが、かなりはっきりしています。
近くには川が流れています。ちょっと悪臭のある川で、あまりいい気持ちはしません。

それもそのはず、浅瀬には人間の死体が何体も沈んでおり、
なかには片手だけ虚空に伸ばしている死体もあります。

しかし近づいてみると、この死体だと思っていたものが、
実はまだ水の中でうごめいていることがわかりました。彼らはまだ生きているのです。

そうこうしているうちに、川の上流のほうからワーッという声が上がりました。
見ると二十人ぐらいの人びとが、二人の男女を追いかけてこちらに来ます。

どうやら橋のたもとのところで、二人とも捕まったようです。
荒縄で橋のたもとに縛りつけられてしまったようです。

男も女も、二人とも、すり切れて泥まみれになった着物を一枚着たきりです。
男の額の傷からは血がしたたり落ちています。

と、そのとき、雷音のような声がとどろきました。
追手のなかでいちばん大きな男です。身長はゆうに三メートルはあります。

またその腕の太いこと、小桜の太ももを二本合わせたぐらいあります。
かがり火に照らし出された男のその顔は、話に聞く赤鬼そっくりです。
ないのは角ぐらいで、口からは確かにキバとおぼしきものが生えております。

この大男の号令で、川岸で五人の男どもが刀を研ぎはじめました。
大きな青竜刀のような刀です。川でジャブジャブ刀を洗いながら、砥石で刀を研ぐのです。
シャリン、シャリンというとてもいやな金属音が、冷え冷えとした空気を通して伝わってきます。

そのかわいそうな男女は、赤鬼の奴隷のようにしてこき使われていたのですが、
とうとう二人で逃げ出してしまい、追っかけてきた彼らにつかまってしまったのです。

それから二人が青竜刀で切り刻まれて、
川の中に、死体のごとく投げ込まれたシーンはご想像に任せるとしましょう。

小桜の指導霊のお爺様が言うには、かわいそうなカップルは、江戸時代のころ、
村の掟にそむいて駆け落ちし、結局は情死してしまった男女だそうです。

彼ら自身は実際は村人に追われて殺されたわけではありませんが、
追いかけられて村人に殺されるのではないかという恐怖心でいっぱいだったのです。

その恐怖心が死後の世界でも続いており、こうしてまた、人殺しの好きな連中につかまっているのです。

どうやらこの世界は、肉体的な恐怖心の支配している無頼漢地獄のようです。
この地獄では、いつ自分の生命が奪われるかということがわからない恐怖の世界なのです。

今様に言うなら、サドとマゾの世界とでも言いましょうか。
ここで小桜が、指導霊から教えられたことは、人間を不幸にする最大の敵は恐怖心だということでした。

恐怖心の大部分は、ほんとうはありもしない恐怖におびえているのです。
自分は死ぬんじやないか、迫害されるんじやないかという恐怖心ほどバカバカしいものはありません。
なぜなら人間は生き通しの生命であり、ほんとうの実相の世界は、互いに愛しあう大調和の世界だからです。

ここで殺された若い男女は、白分たちの生命が永遠に不滅だということを悟るまで、
何回でも鬼たちに殺されることになります。その意味で鬼たちは、彼らの教師なのです。

また一方、鬼たちは、怒りに燃えて人を殺すことの空しさを気づくまで、
何回でも、同じ人を殺すことになります。

この意味で、殺される男女の側も、鬼ともにとっては教師役なわけです。

この無頼漢地獄で、小桜はつくづく思いました。
人間は恐怖心を取り除かないと幸福になれないのではないかと。

そして恐怖心を抱いてその人が不幸になるのは、決して他人のせいではないということを。
恐怖心というものも、ある意味では他人はみんな自分を害そうと思っているとする利己主義者の心なのです。

人間は互いに愛しあい、信じあってこそ神の子なのです。
他人が自分をいつも害していると思っているような人は、たいてい、自分も他人を害しているものです。
他人から傷つけられたと思っている人も、それ以上に他人を傷つけているかもしれません。

この地獄でも、人間は神の子で生き通しの生命だと気づくまで、彼等は二、三百年は殺しあいを続けます。

その後は殺しあいにあきて、ある者は悟って天上界に、
あるものはさらに残忍さを帯びて、いっそう深い地獄へと堕ちてゆきます。

この無頼漢地獄では、四百年も五百年も暮らす人はまれで、
たいていはこのように、二、三百年で他の境涯へと移ってゆくのです。

ですからこの世界にいる地獄霊を救うには、
このニ、三百年目ぐらいに来る節目をのがさないようにしなければなりません。

彼らが殺戮にあきあきし、疑問を感じ始めたときに、光の天使たちが彼らを説得に駆けつけるのです。

この世界でも神様は、自力救済というものをある程度重視しておられるようで、
本人の心が神に向きはじめたときに初めて、天使たちが彼らを救うというような仕組みにしているようです。


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いかがでしたでしょうか。
次回は第二回として「土中地獄」について紹介させていただこうと思います。



category: 無頼漢地獄

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