幸福瞑想法 
2013/09/16 Mon. 13:32

日々、みなさまは、調和された生活を送っておられるでしょうか。
自らの心を振り返り、誤りがあればそれを正し、常に心の針を正しい方向に向け
心調和して、他者への愛をわすれず、日々努力精進して生きてゆく。
それは、神の子人間にとって、あるべき理想の姿でありましょう。
しかし、今のこの現代社会のなかにおいて、常にそうした心でもって生きることは、
非常に難しいことではないかと思うのです。
分刻み、秒刻みの現代社会で、忙しく立ち働いていくなかで、自らの心を振り返る時間もなく、
人間本来のすがたは、心であるということを忘れ、乗り舟にすぎない肉体を、本来のすがたと勘違いして、
さまざまな執着のとりことなり、苦しみの中に埋没していってしまう。
しかし、人間の本来の幸福は、せわしなく揺れ動く心にはなく、調和とやすらぎに満ちた心のなかにあるのです。
人間本来の姿は、神の子であり、心であるということを自覚し、その精神性を高めてゆくなかにあるのです。
では、いったい、どのようにすればそのような境地を得られるのでしょうか。
どうしたら、そのような心を獲得できるのでしょうか。
それは、忙しい現代社会のなかにあっても、多少なりとも、日常性からの脱却を図ってゆく必要があると思うのです。
日常性から脱却し、非日常性のなかに没入することによってはじめて、人間は肉体ではない自分、
物質ではない精神の自分というものに気がつくためのきっかけを与えられることができるのです。
すなわち、ほんとうの自分自身を知るためには、自らの日常性からの脱却をはからねばならないのです。
その日常性からの脱却のために、山籠もりをすることも可能でしょう。
けれども、大部分の人たちは、都会に忙しく働いておって、そうしたことはできません。
そうであるならば、都会のなかにあっても、ときおり、自分ひとりでの瞑想の時間というものを持って見ようでは
ありませんか。
瞑想によって心を集中し、落ち着け、この世的なものから心を離れさして、自由自在の世界に心を遊ばせてみませんか。
そのなかに、あなたの自分自身の本質を悟ることもあり、そのなかにおいて、
自分の守護、指導霊の声を聞くこともあるし、
さらに、自分の無限の可能性というものを、そのなかで見い出していくことも可能だろうと思います。
こうした瞑想のなかで、つまり、無限の神に向かう自分自身の旅の途中で、自分の発展の過程というものを
つぶさに眺めてみてください。
そして、自分がほんとうに神仏の子であり、偉大な光の存在であるということに、瞑想のなかで、
人びとは気がついていくでしょう。
そのときは、おそらくあなたの人生にとって最大の幸福の瞬間であり、最大の勝利の瞬間でもあると思います。
その幸福の瞬間、勝利の瞬間をどうか忘れずに、毎日、毎日を精進していっていただきたいと思います。
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