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神理の発見

私たちが生きていく上で一番大切なもの、そして真の幸福へと導いてくれるもの
もしそうしたものがあるならば、それは本当の意味での宝かもしれません。
それが誰によって書かれていたとしても、たとえわずかな期間に書かれたものであったとしても
その中に神理の光が宿っており、真に人々を幸福に導く法であるならば
それを後世に残していくことが使命であると思いこのブログを立ち上げてみました。
これからすばらしい神理が発見できれば、ここにて紹介してゆこうと思っております。

高橋信次霊言集  

高橋信次霊言集―同時代への福音

私達はみな幸福に生きたいと願っています。不幸になりたいと願っている人は
いないはずです。

ではいったい、どうすれば幸福になれるのでしょうか。
それは誤った考えを捨てて、正しい人生観でもって生きる事です。

では誤った考え方とは何なのでしょう、それは私達は肉体がすべてであり
人生は一回きりであり、死んでしまえば何もかも終わりだという考えではないでしょうか。

しかし、真実はそうではないのです。
私達の本来の姿は肉体ではなく、肉体に宿っている心こそが本来の姿であるのです。

そして、人生は一回きりではなく死んで肉体は無くなっても心は無くなる事はありません
あの世の世界、実在の世界にて生き続けているのです。

そして実在の世界での生活の後、再び地上に生まれ変わってくるのです。
人間の心、魂は永遠の生命を持っており、あの世とこの世を転生輪廻しながら
永遠の進化をめざしている存在だと言うことです。

これが真実の人生観であり正しい考えかたであるのです。
どうかこの書籍に書かれている法をよくよく心読され、真に幸福な人生を切り開いて行って欲しいと思います。


category: 高橋信次霊言集

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高橋信次霊言集 -反省とは-  

高橋信次霊言集―同時代への福音


反省とは何なのでしょう、何故反省をしなくてはならないのでしょう、
道徳的に良い事だと言われているからでしようか、

それとも、無条件に良い事であるからでしょうか。
この事について、考えてみたいと思います。

私達は生まれ落ちてよりこのかた、様々な心の曇りというものを造っていきます。
まず、自我のめばえというものが小学校の頃から出てくると思います。

友達との比較、ある子は自分にくらべて勉強ができるとか、運動が上手であるとか、
勉強ができるのは塾に通わせてもらっているからであって、自分は行かせてもらえないからだとか
そうした考えを持つようになってきます。

また、兄弟間での比較、お父さん、お母さんは兄ばかりかわいがって、僕はかまってくれないとか
こうした事もあるでしょう。

中学、高校になってくると受験が始まってきます、
本当はもっと良い大学に行きたいのだけれども学力がない。

それは、親の頭が悪いから、自分も頭が悪くなってしまったとか、
あいつは、自分よりも頭が悪いのに成績が良い、それは予備校にいっているからで
自分も、本当は予備校に行きたいけれども、親の経済力がないから仕方がないであるとか、
こうした考えを持つようになってきます。

そして今度は、大学卒業から、就職の問題が出てきます。
今は、大変な就職難でありますが、就職がうまくゆかないのは三流大学を出たからであって、
一流大学を出ていれば、こんなに苦労することはなかったはずだとか、
もっと良い就職先があるはずであるとか、こうした愚痴がでるようになってきます。

大学4年間で、もっと自助努力していれば結果は違っていたかもしれないのに
環境のせいにして、不平不満を言う。

次に就職したら、職場でのいろいろな苦しみに遭遇します。
同僚との出世競争、上司との葛藤、仕事そのものの相性など、いろいろな問題が出てきます。

自分はもっと能力があって評価されるべきなのに、そうならないのは、上司に見る目がないからだとか
同僚が早く出世すれば、あいつは俺より仕事ができないのに早く出世が出来たのは、
要領がいいからだとか、上司にゴマをすっていたに違いないとか。
このように、ゆがんだ考えを持つようになってきます。

こうした、生まれ落ちた環境、そして成長してゆく上での様々な出来事、いろいろな人との出会い
その中で起こる葛藤などで、様々な心のゆがみをつくってゆきます。

こうした物のほとんどが、自分の念いが満たされないがゆえの、怒り、愚痴、不平不満、
足ることを知らない欲望、そうした誤った念い、神の心から離れた念い、心の曇りによって
心を真っ黒にしたまま一生を終え、あの世に帰って行く事になる

しかし、そうであってはいけないのです、
私達はそうした曇った存在ではないのであります。

私達は、この世に生まれてくる前は、本当に悟った存在であったのです、光に満ちた存在であったのです。
愛に満ちた、調和に満ちた、神の光に充ち満ちた存在であったのです。

それが、肉体を持ってこの世に生まれて来る事によって、あの世の存在を忘れてしまい
あの世など無いのだ、人生はこの世かぎりなのだ、死ねばなにもかも終わりなのだ、という誤った考えから
心の曇りを創っていってしまった。

しかし、ここで思い起こしてほしいのです、神の光は無限であり、神は私達に無限の愛と光のエネルギーを
供給してくださっている、という事です。

その無限の光を遮っているのは、私達みずから造ってしまった想念の曇り、心の曇りなのです。

その心の曇りを取り除かないかぎり、私達の本当の幸福はないのです。

そして、それが私達みずから造ってしまったものであるならば、自分でそれを取り除かなければ、
だれも取り除いてはくれないのです。

不幸の原因を造ってしまっているのは、ほかならぬ私達自身なのです。

反省とは、こうした誤った考え方、心の曇りを取り除き、神の光を直接取り入れて、その輝きを取り戻し
愛に満ちた、調和に満ちた、神の光に充ち満ちた、人間神の子としての本来の姿に立ち返ることであるのです。

どうかみなさんも、日々反省によって心の曇りを取り除き、すばらしい人生を生きていってほしいと思います。
そして、そうすることが、私達の本当の幸福へとつながってゆく道であるからです。



category: 高橋信次霊言集

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高橋信次霊言集 -人生の目的と使命- 1  

高橋信次霊言集―同時代への福音



みなさまこんにちは、前回からかなりの時間が空いてしまいました。
今回が今年最初の投稿となります。

今回は「人生の目的と使命」について説明させていただこうと思います。
そして、その事についての最適な神理の書を紹介させていただきます。

これは高橋信次という方が、霊言というかたちでもって「人生の目的と使命」について
メッセージを送られたものです。

「人生の目的と使命」というと何か非常にむずかしい演題のような気もしますが、
この書の内容は、非常に平易にわかりやすく、私たちの日常生活にも関わるようなかたちで
なおかつ、ユーモアをこめて説明されていると思います。

これは高橋信次という方が、一日でも早く、私たちに真実を知ってほしい、
本当の人間の生き方とは何かをわからせたい、その熱意のあらわれではないかと思います。

それでは、以下にこの書を紹介させていただきます。
今回も、何回かに分かれるかたちでの投稿となりますが、
どうか最後まで読んでいただくようお願いいたします。



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1 人生の目的を知るには、まずあの世を知れ

高橋信次です。私も地上の肉体を去ってもうはや、十年以上地上の皆様方とお話をしていません。

こうしてまた、地上の皆様方にメッセージを送ることができたことを非常に幸運に思います。

このメッセージを通じて、曽て私の教えを学んだ者たちも、
みんな私の現在の教えが、今どういうところにあるのか、また、私の本意が何処にあるのか、
そういう所を掴みとって頂ければ、これに勝る幸せはありません。

また、私も近々、或いはここ近々ですね、この日本の国に肉体を持った光の指導霊として、
最近の状況の報告、イエス様とか、モーゼ様、ああいう方々が仰ることと私が言うことじゃ多少具体性が違うだろうし、
宜た、それなりに近々経験した人間ですから、その深みというものがあると思います。

まあ、そういうつもりで私の話を聞いて頂きたいと思います。

本日は「人生の目的と使命」こういう演題を頂きましたのでこれについて語りたいと思います。

まあ、難しくなり過ぎてもいけませんから、皆さん頭の体操のつもりで聞いて頂ければいいと思います。

まず、人生の目的ということについてお話したいと思います。
この人生というものを、まずどのように捉えるかということが肝心であります。

人生というのを、よく哲学者の文章などを見て、人間はいろんなことを知っているけども、
自分が何処から来るのかも、また何処へ行くのかも知らない。何処から来て何処へ行くかを知らない。
そんなことで哲学者なんかは哲学的思索にふけっているわけです。

まあ、三木清という哲学者が居ましたが、三木清なんかも「人生っていうのは解らない。
人間は何処から来たのだろうか、そして何処へ行くのだろうか、やはり魂なんてあるのだろうか。」
こういうことを言って哲学者は一生を終われるんです。そういう意味で幸福ですね。

ところが私たち、宗教家というのは、それでは済まないんです。
魂の存在、転生輪廻、こういうものを当然として、更にその中でどのようなものを掴み取っていくか。

或いは、どのような説明をしていくか、そういう意味で、私たち宗教家というのは、
本当の意味で心の世界を科学しているわけです。

サイエンスなのです。ですから、あなたたちの地上界の科学というものは、
この物質世界を僅か研究しているにすぎないんです。

ところが私たちは、多次元をも、包摂した世界を探究しようとしている宗教家ですから、
宗教家というのは心の世界の科学者、まして、多次元世界の秘密を解明しているのですから、
これは、現代の物理学者たちの最先端をも超えているわけです。

現在、物理学では、三次元以降の世界、四次元、五次元、六次元、七次元、八次元、九次元、
こういう世界があるらしいということは数式でも分っているのです。

現にあるということは。そして、そういう所で、どういう特色があるということも何げなく分っているわけなんです。
分っているけれども、その世界について、行って見たことのある人が居ないから、うまく説明ができないんです。

アインシュタイン以降、皆、分っているんです。
ただ、その四次元以降のあるらしいという世界と、この三次元との関わり、
或いは宗教家たちが言う、あの世、それとこの世界の違い、これがはっきり分らないんです。

ですから、まあ私も科学者であったし、そういうことで、そのことをできるだけ科学的に解明するということで、
私の著書の中にも、できるだけ疑問追究、探究をしたつもりです。

けれども、あれだけでもまだ分らない。
それでは高橋信次が、生身の体を捨てて、こちらへ他界して来たのですから、この立場でもう一回、
この人生というもの、本当の人間の道筋、こういうものを解明したいと思います。



-人生の目的と使命- 2


category: 人生の目的と使命

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高橋信次霊言集 -人生の目的と使命- 2  

高橋信次霊言集―同時代への福音



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2 魂は、握一点、開無限の存在である

まあ、霊魂を信じている人、魂というものを信じている人でも、二通りあるんです。

一つは何となく、人間は魂が母体の中に宿って、お母さんのお腹の中から出て来る。
だから結婚、妊娠、出産、こういうことによって魂が作られる、と思っている人が居るんです。

作られた魂が、肉体に宿って六十年、七十年の人生修行をして、そしてあの世に帰って、あの世の一員となる。
こういうふうに考えている人が居るんですが、これは不十分です。本当のことを知りません。

魂というのは、結婚して子供がお腹にできて、そしてできるわけではないんです。

そこでできるのは、精子と卵子の結合、結合によって色々な分裂が起きて、細胞分裂が起きて、
だんだん大きくなってきて、最初はオタマジャクシのような形をしていたのがだんだんヒョコみたいな形になって、
亀みたいになったりして、だんだん人間みたいになって、まあ系統発生というか、進化の過程みたいなのを、
そういう形で表わしていますけれども、そういう形でだんだん人間のように成ってくるわけですけれど、
それによって魂ができるわけはないのです。

肉体が最初、低級な形をとっているからと言って、魂がそれでできるわけではないのです。

魂というのは、もう生れて来る前にちゃんとした成人となった姿で居るのです。

ただ魂というのは、あなた方人間としての目で見ているから、
この肉体を百六十何センチ、何十何キロというような、こういう肉体と同じ形のサイズで、
魂がきっと入っていると思っているわけです。

こういう物質的というか、物体的な物として見ているわけですけれど、本来、魂というのは、そんな物じゃないんです。

自由自在なんです。魂というのは、もう広がろうと思えば一キロでも二キロでも、
或いは宇宙大にまでその広さを広げることができます。

或いは握一点となります。

ですから握ってしまえば、米粒程にもなってしまうのです。
こういう自由自在なものなのです、魂というものは。

ですから高橋信次としての私の魂も、今、宇宙大に自分を拡げようと思えば、
まるで神様と一体、神と一体になるような気持ちになることもできます。

また、ここにある米粒一つ、そういうふうな小さな物になることもできます。
極大から極微へ自由自在なのです。

ですから生きている皆様は、魂というものが特定の形をとっていて、
物体として入ってくるのではないということ、これを念頭において頂きたいと思います。

ですから、魂というのは一つの想念体であり、エネルギー体なのです。
いいですか、神のエネルギー体の分派なんです。

分れたもの、その1つが魂なのです。

だから魂があくまでも、例えば幽霊なんてあなた方よく間くけれども、
人間の形をとってるように見えるのは、生きていた時に人間としての記憶があるから
自分はこういう姿だと思っているから、その姿をとっているんです。

しかし実際はそんなもんじゃないんです。

魂というのは自由自在、ガス体でも何でもいい。
だから私が、高橋信次としての姿を良しと思えば、そういう格好して出ることも勿論、できるけれども、

あんな不細工な男は嫌だ、と、もっと二枚目の映画俳優のような姿になりたいと思いさえすれば、
そうなるわけなんです。これが魂なんです。

そういうふうに魂というのは、千変万化、自由自在のものだということをまず、
これを頭において頂きたいのです。

魂というのは、体積があるものでもないのです。もう握れば1点なんです。
一つの点です。開けば無限です。
こういうものです。いいですか、まずこの認識が大事です。

ですからあの世で、或いは、私たちから言えばこの世で、
天上界において成人した魂であっても、肉体、五体に宿ればほんの小さな、こんな子供、赤ん坊の小さな、
一センチ、ニセンチの赤ん坊の中にも宿ることができるのです。

やがてこの意識が、この肉体と同通して、肉体の成長と共に魂も成長していきます。
そして母体から離れて出産します。

後はあなたたちが御存知の通り、生きている人間として、幼少年時代、少年時代、青年時代、
そして恋愛して結婚して、そして子供を育て大人になり、老いてやがて死んでいくという、こういう過程です。

この間、肉体を持って魂は何十年かを連れ示うわけです。

ですから、まず人生の説明を私はしているんですけれども、
人生の始まりというのは、そういうものだということです。

決して結婚、妊娠、出産によって魂ができるものじゃないんです。

魂はもともとある、魂の認識としては、そういう自由自在なもの、無碍なもの、融通無碍なものが魂なのです。




-人生の目的と使命- 1

-人生の目的と使命- 3


category: 人生の目的と使命

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高橋信次霊言集 -人生の目的と使命- 3  

高橋信次霊言集―同時代への福音



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3 魂は肉体意識と共に成長していく

それが、肉体意識と一緒に成長していく、そして人生経験を得る。
そして七十年、八十年ですか、例えばこの世を去る時が来るんです。

あなたも七十だとか、八十で死ぬかとか、長く生きても百で死ぬとか思ってますが、
これは、しかし必ずしもそういうものではないのですよ。

例えば、肉体生命だけみれば、昔は四百年、五百年生きた人も居るし、
或いは一千年以上生きたという入も確かに居るんです。
私はこちらの世界から見て、そういう記録、全部持っていますから分るんです。

しかし現に今でも生きようと思えば生きられるんです。
ただ魂の修行がこの段階で終わるんです。
同一環境で、同一時代で、今のような時代といったら数十年すれば、一通りの勉強が終わるんです。

ですから、これで五百年、千年生きると、返ってまた、落第して行くんです。

他の魂は、もう、五十年、六十年、七十年で卒業して、私たちの世界で新たな勉強しているけれども、
この地上に長く留まり過ぎると、魂の修行が遅れて行くのです。

そういう意味があって、みんなに遅れをとらないようにということで、皆さん平均寿命になったら死んで行くんです。
それは肉体の限界と言うよりは、魂がそれを欲しているからなんです。

まあ、三界は唯心の所現、と言いまして、思いの通りの肉体になるし、あなただってそうだけど、
心が二十代を保てば、外見も二十代になるし、五十代の心を持って居れば、皺くちゃ婆ちゃんになって行くんですよ。
そのように影響が出て来るんです。そういうもんです。



-人生の目的と使命- 2

-人生の目的と使命- 4



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